裏話:黄薔薇の支援

 コードネーム:エニシダ

 所属:黄薔薇の庭

 担当区域:ウィリディス領地

 現在の任務:領地の警護および、依頼に応じた調査、討伐

 パートナー:カルサ


 ***


『……ッぁあっ、くっそ思い出したっ……!! すみません、エニシダさん! ありがとうございました! このお礼は必ず……!!』


 映像越しに分解術式の手解きをし、無事に教授し終えた結果を見届けてすぐ慌ただしげに切られた映像通信に、銀縁眼鏡を外して目元を解しながらエニシダもようやく一息つく。


「――へぇ、なんかすっげえ集中してると思ったら……珍し〜く優しかったじゃん、エニシダ。知り合いの子?」


 自分以外誰もいないはずの個室で、背後から気安く話しかけられ、エニシダはピクリと肩を跳ね上げた。

 どうやら解析に集中するあまり、周囲への警戒を怠っていたらしい。

 危険地帯ではないとはいえ油断し過ぎだと苦々しげにエニシダが振り返れば、そこにいたのは褐色の肌に獅子の鬣のような金髪をターバンで巻いた、にこりと甘い笑みを浮かべて手を振る男。

「カルサ。勝手に人の部屋に入るな。入る時はノックをしろ」

「しました〜ノックしても返事がないから、何かあったのかもって心配して入ってきたんです〜」

 そしたらおまえがなんか大事そ〜な話をしてたから黙って見守ってたのに、と不貞腐れたように告げる男は、カルサという元人間の半吸血鬼であり、【黄薔薇の庭】所属の祓魔師で、一応エニシダと今共に行動している相方である。

「……で、終わった感じ?」

「あぁ、一応は……だが、気にかかることがある」

 本来なら、貴族階級の吸血鬼が出現した場合、場所に関わらず各地の拠点へ緊急アラートが鳴り、速やかに情報共有されると共に、動ける祓魔師はいつでも応援に駆けつけられるように待機することになっている。

 優秀で即戦力になる人材の不足、および【野薔薇】内部のごたごたのせいで、現場支援が上手く機能していないのが現状ではあるが。

「西の地ヴァイスで、子爵出現のアラート以降、何も起こっていないのは確かだ」

 依頼された術式解析と平行して、ウィスティリアの町で何が起こったのか本部のデータバンクを確認したが、何の異常も報告も上がっていなかった。

「だが実際には、元幹部が町に大規模な忘却措置を施して失踪している。護衛の祓魔師さえも残して」

「何それ、どういう状況?」

 はてなと首を傾げたカルサに構わず、エニシダはおのれの思考を整理するように言葉を並べる。

「貴族階級出現の情報共有もなければ、緊急アラートも鳴ってはいないが……あの方が絡む場合、公爵の襲撃を考えるべきだ」

 公爵という単語に、カルサが驚愕して目を瞠る。

「えっ、貴族階級現れてんのにアラート鳴らない状況なんてある?」

「ありえない」

 ありえないことだが、元白薔薇幹部リコリスならば、情報が外へ漏洩しないように厳重に結界を張り巡らせて隠蔽することは可能だろう。

 実際やってのけているのだから。

「西の地ヴァイスで、何が起きている……?」

 当事者ではないが、エニシダは五年前の【白薔薇の門】壊滅事件を知っている。

 白薔薇幹部だった頃のリコリスという人間を知っている。

 たった独りで背負って、外部を巻き込まないように秘密裏に隠して、大事なものは守って遠ざけて、自分の身は省みないで無茶して方を付けようとする。

 ツバキの焦り様から察するに、あの人なら平然とそれをやりかねないとエニシダも思う。

「あの方の身に、何が起こった……?」

「……救援、行くか?」

 気遣わしげなカルサの言葉に、思考の海に沈んでいたエニシダは我に返る。

 眼鏡をかけ直しながら、小さく首を横に振った。

「いや、彼の依頼は術式の解除方法だけだった。救援依頼は受けてはいない」

 助けが必要な状況ならきちんとそう言ってくる子だ、と告げるエニシダに、カルサが呆れたように肩をすくめた。

「真面目眼鏡〜公爵が現れてるかもしれないんだろ! そこはさ、可愛い後輩を心配して先輩が助けに行くところだろうがよ!」

「元幹部ですら手こずる公爵相手に、幹部以下の実力しかない私たち二人が応援に向かったところで何になる」

 急な共闘は戦力にすらならない、足手まといになるどころか、無駄死にするだけだ。

 それにここは南の地だ、西の地への移動には転移の術式を用いても時間がかかる。

「冷てぇなぁ〜」

「……何もしないとは言っていない」

 万が一に備えて、負傷者への迅速な医療支援くらいは、事前に手配しておいても無駄にはならないだろう。

 貴族階級との戦闘では必ず被害が出る。

 ついでに、今【白薔薇の門】へ新人育成のために派遣されているはずの同僚のアイリスにも連絡を入れておこう。

「それに、今は迂闊に動けない。おまえも分かっているだろう」

 司教と【赤薔薇の城】のシラユキたちが水面下で動いているこの極秘計画を、エニシダたちの軽率な行動で潰すわけにはいかない。

「あっ、そうだった。オレ、おまえに伝言預かってきてて……」

「おい、そういうことは早く言え!」


 彼らが彼らの戦いを全うしているのならば、こちらもこちらで祓魔師として、おのれがやるべき事を果たすのが筋であろう。

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