第2話 迷い子は影へ 下
「お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたわ、なにぶん私の出身地は田舎で教会より高い建物がない場所でしたので私の中でお店の上に別のお店がある発想が無かったのです」
改めて目の前の青年を見てみると偶然街で会った人とは思えない程の美男子だった。五官の彫りが深く、額から鼻のラインや顎のラインや顎から首筋のラインは腕がいい職人が丁寧に掘りだしたかのようにくっきりとして精巧だ、色の濃い睫毛はオリーブ色の瞳に影を落とす程長かったがそれらは彼に女性的な雰囲気は与えずむしろワイルドな色気を醸し出していた。映画俳優になってみれば大人気になるに違いない。
浅黒い肌や少し訛りのある喋りからして外国から来た人かもしれない。
青年は白い歯を見せながらハキハキ喋る。
「いえいえ、地元の人でもよく陥るトラップですよ、灯台下暗しと言いますけど人が物を探す時案外頭上に気を払わないですよ、俺の勤め場もバルの二階にあるんですけど、初勤務の日にどこが入り口かわからずそのあたりをずっとウロウロしてたんですよ、で、雨粒がぽつぽつ降ってきたので、お?と空を仰ぎ見た瞬間ですよ、なんと二階の窓からこっちを見ている社長秘書と目があったんです。つまり彼は俺が哀れにも目的地寸前で迷っている姿をずっと見ていたわけです。開いた口が塞がりませんでしたよ、なのにその社長秘書は澄ました顔で “そろそろ散歩はやめにして中で雨宿りでもするか?”と言うんです、なんて野郎ですよ。」
身振り手振り一生懸命情景を伝えてこようとする青年にアンナは思わずクスクス笑いを溢す。
「よければあの店の中でお茶しながら話します?」
ニッと笑いを返した青年がスマイルカフェを指差しす。
「でも友人と待ち合わせがあるので」
「実は俺も人を待っているんですよ、2人で先に席を探しておいてお互い友人を待ちませんか?」
アンナは左腕に巻いている腕時計を見る、待ち合わせ時間まで後15分程、のんびり屋の友人の性格からしてそこからさらに10分待つかもしれない。
「ええ。そうしましょう」
そうしてアンナは青年と一緒にカフェの敷居を跨いだ。丸いトレーを下げたウェイターが出て来たが青年を目にすると「あら?」と奇妙な笑みを浮かべた。
「窓際の席。空いてる?」青年が砕けた口調で問いかける。
「ええ、今の時間は空いているので。どうぞお好きな席にお掛けになってください」
「じゃあ、あそこに座ろうか。」
青年が指差したのは日差しのあたりがいい二人席。席を引いてもらったのでアンナは礼を言いながら座る。
「俺ここの常連なんですよ」
「そんな感じがしました」
「だからここのおすすめを紹介しますよ」
メニューを持ったまま彼は自然に目の前の席に座る。
アンナはドキリとした。いくらなんでも既婚の私が知らない青年と同席するのはまずいのではないか?
しかし青年は全く気にせずに
「そういえば名前を伺っていませんでした。なんとお呼びすればいいですか?」
と屈託なく笑いかけてきた。
「ええと」
ひょっとして自分は軟派されているのではないか、アンナはようやく思い当たった。いや、もしかしたら都会の男女にとってこれぐらいの距離感は当たり前なのかもしてない、単にメニューの紹介をしてもらうだけだし……ここで過剰反応するとなんて自惚れた女なんだと思われるかも……困り果てたその時
「おーい、サンディ」
青年が首を回す。
カウンターから店主らしき人物が備え付けの黒電話の受話器を持ち上げている。彼に電話が掛かって来たと店主がいう。
「すみません」
青年が席を立つ。アンナは胸を撫で下ろした。
30分後アンナは友人に先程の青年のことを語って聞かせていた。
「そりゃあ軟派よ軟派、あなたったらぼやぼやしてるのね、旦那様も心配になるわよ」
「私が悪かったわ、あんまり自然な流れだったからつい流されて、でも彼、電話を受け取ったらすぐに友人が待ち合わせ場所を変えたから行かないといけないって店を出たの。やっぱり単に親切な人だったかも」
ラテの上のクレマをかき混ぜながら友人はため息をつく。
「もう、お馬鹿な子!その友人ってきっと別の女のことよ、あんたはきっとその女と遊ぶ前の暇つぶしに使われようとしてたのよ」
「えー?そんな人に見えなかったけど」
「見た目に騙されてはいけないわ、この間捕まった結婚詐欺師はね……」
そうやって友人と話しながらアンナの休日は過ぎていった。
ところ変わってロアー市の中心区より少し東、酒場や下宿が目立つ川沿いの街にある一つのバル。その二階にある会社の中。
「もう少しで美人人妻とお茶できたのに!何呼び出してんだよ。この冷血鉄仮面!」
「任務完了したら寄り道せずに速やかに会社に報告に向かえと何度言えばわかる、スケコマシ」
大柄な男達が言い争っている。一人は猛獣のように鋭い眼光をもち頬に傷がある男でもう一人は浅黒い肌に整った顔立ちの水も滴る美男子、二人共でいるだけで存在感も迫力もすごいのに今はますます凄い剣幕だ。
「あれ、止めた方がいいんすかね。」
ブリックレッドの髪の若者が隣に座るバーガンディ色のショートヘアの女性に話かける。
「放って置いたらいいと思うぞ。いつものことだし」
「社長秘書とクラヴィスさんってなんで仲悪いんですか?俺新入りなもんでよく知らないんすけど因縁があったりするんすかね」野次馬的に聞こえるの恐れたのか若者は慌てて一言付け足す。
「あ、参考までに、という意味です。うっかり地雷を踏みたくないので」
「私が知る限りでは大した因縁などないな、不和の原因は極めて動物的なものじゃないかな、つまり本能的に相手が気に食わないんだろう。まあ野良猫の喧嘩のようなものだ。大抵はひとしきり威嚇しあったら収まっていく。あんまりうるさいようなら水をひっかけて黙らせるのも手だが」
「へ、へえ〜、なるほど。本能的に、ね」
若者は呆れたように肩を竦めると手に持った雑誌に目を落とす、騒ぎに関与する必要なしと判断したのだろう。
女性の言う通り口論していた男性二人の声はだんだん小さくなり、しばらくすると椅子に腰掛け落ち着いた調子で仕事の話を始めた。
若者が持っている雑誌の最後のページを閉じた時だ、
「遅れてごめんなさい、近くのモールのオープン日だったせいか道が混んでいたの」
カラカラとドアベルが揺れて一人の少女が入ってくる。
「む…きたか。」
「ああ、お嬢!ご機嫌よう!」
大柄な男性二人がサッと立ち上がり少女のそばに駆け寄る。
「待たせたわね、キアン。ご機嫌よう、クラヴィス」
キアンと呼ばれた頬に傷のある男はサッと少女から帽子とハンドバッグを受け取る。
「今日は素敵なワンピースをお召しでいらっしゃる。そのオーバーチェックは今流行りの柄ですね」一方クラヴィスと呼ばれた美男子はニコニコしながら少女を上座のデスクにエスコートする。
(野良猫というより忠犬だな)
若者が心の中で呟きながら隣席の女性と立ちがった。
「「こんにちは、社長」」
「ご機嫌よう、グウェン。素敵な髪飾りね。ご機嫌よう、マクネアー。」
鈴を転がすような声で翡翠の目を持つ少女は室内の一人一人に声を掛けてから席に着く。
彼女に従い、ほかの三名も椅子に腰掛ける。キアンは一人一人に作成したばかりの資料を配り始める。マクネアーと呼ばれた若者はまだ物の少ない彼用のデスクの引き出しに雑誌を仕舞い込みノートとペンを取り出した。
「今日は一つのゴーストの発生を観測したと聞いたわ」上座に座る少女は手元にある資料に目を通す。
「捕縛者はクラヴィスなのね。発生から成型までの時間は1時間ほどしかなかったのに取り憑かれた対象を見つけ出しゴーストのディゾルブに成功できたなんで凄いわね」
「いやあ、何分俺は天才なものですから」
称賛を受け取った男は得意げに胸をはる。
「対象が女性だったからだろう、下心由来の嗅覚だけは鋭い男だ」
「下心ではなくロマンスを追い求める心と言って欲しいよ、ギュンター君はずいぶん軽視しているようだけど、これはつまりは世界の半分を支配する才能だ」
「何を世迷言を」
また始まった小競り合いを無視して社長はマクネアーに視線を向ける。
彼はノートを開き中の内容と資料を比べ合わせながら読んでいた。そのノートは新米の彼が仕事に使う業界用語の意味を忘れないように記録した物だ。
「どう?マクネアー、何があったかわかる?」
「はい、つまりゴーストが周囲の記憶に残る形態を取る前にクラヴィスさんが捕まえてマナと感情粒子に分解してゴーストを無力化したわけですね。」
「その通りよ」少女は満足気にうなずく。
するとドアベルが鳴った。キアンとクラヴィスは口を閉ざす。入り口に1番近い位置に座っていたマクネアーが立ち上がり扉を開けた。
「こんにちは」若者の視線よりずいぶん低い位置から挨拶は聞こえた。
そこにいたのは8、9歳頃の男の子が2人。
「どうした、坊主たち、迷子か?」
「いえ、僕たちペンタグラムさんに幽霊退治の依頼がしたいんです」
ポケットに硬貨が一枚入ってるかどうかも怪しい年齢の子供だ、マクネアーは一瞬迷った後上司に判断を任せることにした。
「えーと、社長、依頼人が来たようです。」
「わかったわ。キアン、彼らを談話室に通してもらえる?」
社長、夜道には気をつけて キウメブンシン @akifumitouri
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