4月25日

 そして私は私を見た

 私はまた、授業をサボっていました。


 こうも毎日体調不良ともなると、最早重篤患者の域かとは思いますが、別に、それも許さているようです。


 幸い、この学校のトップと、準トップの人達がこれを揉みけてくれているようで、そこに甘えてばかりては駄目なのでしょうが、今は、この時間が至福でした。


 私が屋上のベンチに腰を掛けると、彼女が直ぐにやってきます。


「勝手にサボらない。今日の授業、私も聴きたかったんだけど」


 空を見上げ、彼女のしつこい問答に答えます。


「別に、呼んでないし」

「それでも来ないといけないの。保護者みたいなもんなんだから」

「んん……。でも、授業とか、全部、知ってる内容でしょ」

「聴きたいって言ったでしょ。知りたい、とは言って無い。あの先生、喋り方が面白いのよ、落語みたいに下げもつけるし」


 あー、蘊蓄、ウザイなぁ。


「もういいよ、そういうの。授業より、大切なものもあるじゃん。来奈だって、初授業が入学式から一週間後でしょ?」

「貴女の為に働いていたんでしょ? まるで他人事ね」


 ベンチに両足を上げ、膝を丸めた。


「他人事、だもん」


 彼女の顔を、見たくなかった。


「そっか」


 優しい声が、嫌だった。

 来奈は俯せる私の後頭部に、手を添えて、撫でました。


「ねぇ、千歳」

「……」

「ねぇ」

「……」


「そう言えば今日! 私の誕生日なんだよ!」


 は?

 そんなの、聞いてないし……。

 

 どうせこんなの、私の顔を上げさせる為の嘘(ほら)に決まっています。

 最近来奈は、こういう嫌がらせが多い……。


「そう! あれは十三年前の今日だった!」


 突如、来奈は声を高らかに上げ、歌劇歌手の如く天へ叫んだ。


「土砂降りの雨の中、家の玄関前で膝を抱えて、貴女は待っていた。母がそれを止めようとも、祖母がそれを止めようとも、赤子の弟が泣き叫ぼうとも、そこから動かず、ただ、ただ、雨に打たれて待っていた!」


 知ってるよ。

 そんなの……。 

 もう、知ってるよ……。

 だから、お願い。

 

「父さんは、死んだんだよ。千歳」


 知ってる……。

 知ってる!

 そんなの、もう、ずっと前から知ってる!


 だから!

 だから!


 言わないで!


「その日、私が生まれた」


 駄目……。

「言わないで……」


 彼女のか細い手が、私の腕を掴んだ。

 綺麗な手の平なのに、左手の指先だけが硬かった。


「貴女と初めて出会った時、私は、誰よりも美しい女神を見たの。この世のものとは思えなかった。まるでそこに、自分が吸い込まれてしまうかのようだった」


 いやだ。

 嫌だ……。


「嫌だ!」


「千歳!」


 彼女の手に込められた力は、私が今まで感じた事のない吸引力で、無理矢理に顔を上げさせました。


 目の前に、雑誌が翳されていました。


 ひらひらと舞う表紙には、四人の女子高生。


 金色の制服を纏った四人の横に、真っ赤な色の大きな文字。


『バークリード女学院 超大型新人』


 結果は2位だったというのに、大きく持て囃されていました。


 それより、何より……。


 中心で佇む少女は、千神来奈でした。


「これ、見た?」


 雑誌が消えて、彼女の顔が景色を覆います。

 これも、やはり、千神来奈。

 そして、これは……。


「同じ顔って、知らなかったでしょ?」

 

 ええ、そうです。


 私は、私の顔など知らずに生きていたのです。

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Everything -少女達の孤高と栄光ー 水谷 遥 @mizutani-h

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