錠剤
白の錠剤を眺める。
数が多ければ多いほどあればいいのに、それを飲み込んだところで死ねないのはわかっていた。
一センチにも満たない物質が、救いにも地獄のようにも感じる。
手にとっていじってみる。妙に過敏になった指先から成分が溶けないか想像して、目を閉じた。
用法通りに一錠だけ飲み込む。
このまま眠ることができればいいが、それは期待できない。
部屋を暗くしても目が冴え、頭は重い。
スマートフォンの液晶を眺めてはネットの声を見ていた。
仮初の姿だとわかっていても、本音が出ていたとしても、画面の向こう側の現実はこちらからは見えない。
匿名性が見せる残酷さが原因で人間不信になったケースをニュースで見た。
あることないことを見知らぬ他人から攻撃される恐怖は、十代の子には特に堪えるだろう。
試しにSNSで「死にたい」で検索してみた。
メンヘラだと名乗るアカウント、課題が辛いと嘆く学生、そして。
"薬飲みました。ふわーっとする。これで楽になれるかな……"
思わず寝転がっていた体を起き上がらせた。投稿内容ではなく、アカウント名で「死にたい」のワードに引っ掛かったようだ。
これは現実のSOSだろうか。
試しにアカウントのプロフィールを見た。
特に何も書いていない。
落ち着かない気分だ。
気まぐれの投稿かもしれないが、タイミングが悪すぎた。自分も睡眠薬を飲んだところだから。
逝かないでほしい。
ゆっくりと眠るように死ぬのは、きっと理想的だ。
痛みも意識もなく脳と心臓が止まれば、肉体的な死が訪れる。
知らない誰かのアカウントなのに、置いていかれた気分だ。
自分も、自分も逝きたい。
"いかないで"
気づいたらそのアカウント宛のメッセージを打っていた。
いや、これはおかしい。自分こそメンヘラみたいだ。
でも他に浮かばなかった。アカウントの持ち主の事情は知らないし、見も知らぬ他人にすがりつかれるようなメッセージをもらっても気持ち悪いだろう。
でも、逝かないでほしかった。
死ぬくらいなら、一分でも長く生きて欲しかった。
大人になれば、例え大きな悲しみも、薄れていくとわかってくるから。
アカウント主の年齢は知らないけど、まるで過去の自分を見ている気分だった。
十分な睡眠がとれなくて回らない頭が、過敏になった指先が、投稿ボタンをタップするよう言っている。
こうなればヤケだと、強くボタンを押した。
画面に送信が成功し、メッセージが表示された。
"いかないで"
行かないで、か。逝かないで、か。
よく分からない内容だ。
でも、気にかけている奴がひとりでもいることに、気づいて欲しかった。
反応はない。
もう寝たのだろうか。
祈りに似た気持ちで、スマートフォンを握った。
通知がついた。
"だれですか"
ほっとする。反応が返ってきたことに、まだこの人が生きていることに。
"あなたに、生きてほしい"
説教くさいだろうか。誰だときいているのに、変な奴に絡まれたと思われるだろうか。
でもこれは匿名性のやりとりだ。
誹謗中傷じゃない、ただのおっせかいだ。
"眠たい。おやすみなさい……"
いやいや、寝るなよと思いながら、手が止まった。
これで、大丈夫だろうか。ただの気まぐれの投稿だと思っていいだろうか。
また通知がついた。
"でも、ありがとう。XXXさんも、おやすみなさい"
おやすみなさい、か。寝れないからネット徘徊してるんだけどなと苦笑した。
"こちらこそ"
ただそれだけ送った。
年齢も性別もわからない誰かに、社交辞令のような言葉を送った。
けれど、眠れなくてイライラしたり不安な気持ちが、この投稿で必死になったり、あっせたり、ほっとしたりに変わった。
それがありがたかったから、ただそれだけ、送った。
ありふれた孤独 緑青 @ryo55
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