ツギハギ世界のケモノビト

 次にルカが意識を取り戻したときには、ツギハギの世界はほとんど完成していた。長く眠りについていたらしく、スパークと一夜を過ごした家の裏手には十字に縛った木の枝が地面に刺さったまま腐っていた。


「ああ、そうだ。彼女はもう……」

 じわりじわりと、したことのない記憶が蘇る。異世界へ飛んでは切り取りを繰り返し、縫い付け、自分のものにしていく。気に入らなければまた切り取り、天使に叩きつけて破棄させる。スパークはそんな自分、いや英雄貴族のカルラに嫌気が差したのだろう、反発して即座に首をはねられた。女は他にもたくさんいたが、誰も彼も些細なことで文句をつけられ殺されて、結局一人も残らなかった。


 科学技術の発達した世界から人間の遺伝子から作り上げる技術を切り取って、自分の言うことを忠実に完璧にこなす肉奴隷を作り出している最中で、ようやく培養が成功したのを、自分ではない魂が非常に喜んでいたことを思い出した。


「はは、ははは! ボクは本当に何も守れなかったんだ……父さんも母さんも。マコラもスパークも、ランディアも、他の世界も!!!」

 何も、救えなかった。誰も、守れなかった。まだ最初から自分の知らぬ間に事が済んでいれば、どれほどよかっただろうと涙する。ルカの心から悲しみが流れ出していく。今や身体の主導権を握るのは別の魂、この世界が完成すればまたランディアと同じことが繰り返されるであろうが、ルカは眺めているしかできなくなるだろう。


「でも、そんなこと……させない!」

 ルカは魔力を最大限に振り絞り、両手で頬を叩いて気合を入れた。

「聞こえるかカルラ、お前はボクの心を折るために意識を戻したんだろうけど、そうはいかない、お前をここで倒す!」


「ハッ、何言ってんだウサギ野郎。俺が死ねばお前も死ぬんだぞ。ま、大鋏で刺そうったって、天使が守ってくれるだろうけどな」

 心の中のカルラは、ルカを馬鹿にし鼻で笑う。

「ボクにはもう失うものはない。覚悟は出来てる!」

 ルカは大鋏を開き、片方の刃を自らの左手に突き刺した。鱗が剥がれ鮮血が飛び、痛みが広がるが歯を食いしばって耐える。


「いって……! おい待て、何をするつもりだ!?」

「ボクの中にずっといたなら知らないはずないよな、ボクの固有魔法を!」

 ルカの固有魔法、それは【封印術式SSS】である。自らの命を犠牲に、神だろうが世界だろうが封印する強力なもので、ルカがカルラこと鳴宮 李人なるみや りひとの魂の器足り得たのもその魔法を習得していたからだ。


「ば、ばかやめろ! そんなもの使うな! っく、左手が言うことをきかない……!」

 危機を察したカルラは体の主導権を取り戻すが、ダメージを受けたことで支配から一時的に解放された左手は、ルカの意思通りに動く。


 ルカは心の底の方でなんとなく理解していた。自分の中にガチガチに封印されたこの魂は、体が死を迎えない限りどうにもならないだろうと。しかし自害しようと考えればスキルや天使によって妨害される。ならば残る手段は唯一つ、こんなろくでもない魂も、拾い集めて縫い付けた歪なツギハギの世界も、封印する。悔しさも悲しさも虚しさも苦しさも全部全部込めて、感情と魔力に身を委ね……。

「これで…………終わりだあっ!!!」



 大鋏はルカの心臓を深く貫き、世界は空いた穴へ吸い込まれていく。苦悶の表情を浮かべたまま眠りについたルカの遺体は、全てを飲み込みどこでもない場所に放り出され浮遊している。



「あら、いいところまでいったのですけれど。この人間も失敗ですか」

 天使は世界が封じられる前に飛び去り、ため息を残していくばかりだった。



「あーあ、嫌な結末になっちまったっすね、ルカクン」

 赤屍は触れられないルカの遺体を、残念そうに眺めていた。




 異世界転生者に関する報告書 作成者:赤屍

 世界番号:145247において、現代日本から回収番号:17452 鳴宮 李人なるみや りひとが現地の貴族に転生。17452は他の転生者同様世界の理を捻じ曲げ、ゲーム化し、既存文化の破壊消滅を行った為回収対象に指定。現地へ向かうもほぼ崩壊状態であり、創造神に天界へ戻ることを提案したがこれを拒否される。直後145247が消滅。17452は行方知れずとなる。


 17452を未承認の世界で発見。世界を転々とめぐり切り取り貼り付ける行為を天使にそそのかされており、特級聖遺物【カテルの大鋏】を与えられていることを確認。しかしながら17452は消滅した145247の罪なき者に魂を固定されており、死神局では対処不能。経過観察にとどまる。


 天界より強硬手段の使用の許可を得て再度未承認の世界へ向かうも、罪なき者が世界ごと17452を封印。対処不能となる。


 判定:17452は回収不能。

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