第4話 再訪
あれからあの店に、行きたいなと思いながら久しぶりの再訪となった。
陽が長くなり、前回よりもだいぶ明るい印象の店に入ると、すでに2席は埋まっていた。
上がってすぐの椅子に座り「お久しぶりです」と挨拶をすると店主から「だいぶ暖かくなりましたねー」と返ってきた。
「暖かくなったので、今回は冷たい珈琲を、、と思いまして」とメニューを見ると『武蔵野夫人』という名前の珈琲が目に止まった。
あの日を思い出して顔を上げると店主が「あ、それはですね、この間の方が、冷たい檸檬を飲みたいと言ってくださって、やっと良いバランスを見つけられたので、『武蔵野夫人』と名付けさせていただいたのです」と話してくれた。
ここはせっかくのご縁ととらえ、それをいただいてみる事にした。
それより、店主があの日の事を覚えていた事に少し驚いて、きっとこの人には、この場所での毎日が物語りなのだろうと思え、自分が登場人物の一人になれた事が嬉しいような気持ちになった。
そして『武蔵野夫人』が僕の前に華奢なグラスで運ばれると、「ナニコレ、私が武蔵野夫人だとしたら、この3倍はでかいグラスの感じじゃないの?ナハハハ」とか言いそうなあの婦人の事を思い出していた。
すぅっと冷たくて、ほんのりと甘みがあり、檸檬の香りを感じる不思議な珈琲だった。
その後、何度か足を運んだが、あの婦人にまた会う事はなく。
珈琲店も新たな場所に移転してしまった。
今では記憶も薄くなるほどの思い出になってしまったが、他にない深い味わいの珈琲と贅沢な待ち時間の感覚は色あせず濃い一滴となって僕の心に残っている。
ネルドリップ モリナガ チヨコ @furari-b
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