それは彼女の日常の中で


あの人を《見た》のは、私が高校に入ってすぐの事だった。


見たと言ってもあの人には、私の知らない日常があって本当は認識する前から出会ってたのかもしれない。


彼は見かける時は、いつも同じ格好をしてる。

スーツにネクタイ、整髪料で整えられた髪。

顔はイケメンだと思うけど、目が疲れてるのかいつもしかめっ面してる。


やっていることもいつも同じで、

ノートパソコンを膝の上において何か打ち込んでいる。


ちょっと登校時間よりも早い電車で、同じ乗り場から乗ってくる。

定位置は私がよく座る席のはす向かいだ。


何でこんなに詳しいのか知りたい?

ただ毎日同じ電車に乗ってるだけの仲だよ。

でも、ある事に気付いた時からちょっと気にし始めたの。


それはってこと。


通勤してるサラリーマンなんだから普通?


いや本当によ?


私は、学校だけじゃなくて友達と遊びに街に行くのにもこの電車に乗るけど、その日も彼はいた。

その時に気付いたの、この人って休み無いんじゃない?って。


あ、可哀想に社畜なんだな。って気付いた時に思ったの。


でも、違ったみたい。

それは強い雨の日の降る最悪な天気の日の事なんだけどね……


―――――――――――――――


「もう、駅まで歩いてくるだけでびしょびしょだよぉ」


今日も朝練、昨日も朝練。

酷暑だろうが、今日みたいな土砂降りでも。


私は白崎にある私立高校の女子バスケ部のエース。うちの部は県予選突破も目指せるかも?ってくらいには県内でも強いけど、その分練習も多い。


連日の練習練習にちょっと気持ちが疲れちゃってる時に、この大雨だ。

別に室内競技だから問題はないけど、気持ちはどうしても沈んでしまっていた。


そんな気持ちを抱えながらいつもの席に座ると、いつもの社畜のおにいさんが見えた。


いつも眉間にしわを寄せた顔でパソコンを睨んでる人。せっかくカッコイイ顔なのに勿体ない人。



朝練のある私みたいに早い電車に乗ってるから、出勤時間の早いお仕事なのかな?と思ってた。


けど、お父さんに話したら

「サラリーマンが7時前に出勤?朝ご飯も外で食べるとかじゃないと無いかなぁ」


でも、車内では画面を視線で割れそうなくらい睨んでるおにいさんが、ノールックでおにぎりをかじってる。

これもよく見かける。

朝ご飯でもないのに早朝出勤……ブラックってやつなのかなぁ。


そんな彼をよく見ると、ブラック社畜な彼は今日はうつらうつらとうたた寝しかけてた。


へぇー珍しい。


眉間のシワも珍しく消えていて綺麗な顔してる。

思ってたより、童顔っぽい。


ホントに初めて見るからしげしげと眺めちゃってたけど、私はそろそろ降りなきゃ。


……あ!

でも、この人どこで降りるんだろ?


早朝だしいつもこの電車にあんまり、人はいない。

私の次の駅で降りるとかなら降り過ごしちゃうな。


男の人に声をかけるのはちょっと緊張するけど。

起こしてあげられるのは、私しかいないかもしれない。


勇気を出せ、鈴原 優奈。

人助けの為だ。


「あ、あの、どこで降りられますか?起きなくて大丈夫ですか?」


「ふん、ぅむ、、、」


顔ばかり注目してたけど、この人こんな状態なのに

パソコンが膝の上に置いてある。

指も画面の端に掛かってて開こうとした力尽きたんだろう。


この人はなんで


「なんで、そんなに疲れ果ててまで頑張れるの?」


思わず声に出しちゃってた。


「んぁ?寝てたのか、俺。やべ……」


開かれた眼は眠たげだったけど、その奥にはみたいなモノがあった。


「あー…なんか聞かれたかな?『なんで頑張るか?』って言われたような……」


ほとんど寝かけてるのかな。

誰に話すでもなく、呟きをこぼす。


「『明日の自分に誇る為』だよ」


どういうこと?


「今日、手を抜いたら昨日までの自分にわらわれる。

今日踏ん張れば、明日の自分に『どうだ?俺はこんだけやったぞ』って自慢出来る。」


………「え、それだけ?」


「うん、それだ…け…」


私の質問にそう答えた彼は、満足そうな顔でもう一度寝てしまった。


とても、意地っ張りというか笑っちゃうような子供っぽさのある理由。


だけど、私自身の朝から続く憂鬱さが晴れた気がした。


『明日の自分に誇る為』……なんか、いいね!




あ!起こしてあげるんだった!


その時、

『白崎、白崎。お降りの方は足元お気を付けて前の方にお進みください。』


アナウンスが響いた。


「降りなきゃ!ちゃんと降りるとこで降りてくださいね!」


最後にちょっと荒っぽいけど肩を揺すってから、電車を駆け下りた。


閉じるドア越しに今度こそ気が付いて、パソコンを慌てて開く彼が見えた。


ちょっとヨダレが垂れかかったのか、慌てて口元を拭って何時ものしかめっ面に戻る彼を見て。


すこしだけ、可愛いなって思った。



土砂降りの雨は学校に着く頃には晴れ間を覗かせていた。


私の心が浮ついているのは、天気のせいだけだろうか。


なんだか、彼に助けられた気がして。

何か困っていたら助けてあげたい気持ちになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの歌の名前が出ない月曜日 QU0Nたむ @QU0N-TAMU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ