あの歌の名前が出ない月曜日
QU0Nたむ
それは誰かの日常の中で
それは彼の日常の中で
夢を見た。
歌う夢だ。合唱コンクールだろうか?
私にとっては、もう10年前の記憶の
私は、当時から声が低かった。
中学生とは思えない老成した声で、
気持ちよく歌っていたが、ライトに照らされて眩しい……
そこで目が覚める。
どうやらカーテンの切れ間から朝日が顔に当たっていたらしい。
「ーー♪ーー♪ーーーー♪」
さっきまで歌っていた曲のリズム。
違ったかな?
低音パートはメインの音程とは、違ったリズムだ。
CDで流れる音とも違うから、覚えにくかったな。
困ったことに歌詞が断片も思い出せない。
布団の中でうぞうぞと寝返りをうちながら、思い出そうと鼻唄を歌うも『これだ!』って単語が出てこない。
私は支度を終えて家を出るまで、この歌を思い出せずにいた。
出勤中、いつもの電車の中。
スマホでニュースを読みながら揺られる。
記事の内容はある程度入ってくるが、どうにも歌の事が気にかかる。
そんな、朝だった。
_________________
出勤し、真面目に働き、一日の業務を終える。
数時間のサビ残を耐え凌ぎ、若干の疲れを抱えながら帰路に着く。
いつものことだ。
きっと帰ってもいつも通り。
風呂と飯、ちょっとのネットサーフィンと動画鑑賞を終えれば、私は寝るのだろう。
ただ、あの歌への引っかかりだけが、
服の袖についたコーヒーのシミのように気掛かりだった。
_______________
今日は夢も見ずに目が覚める。
もともと、あまり夢を見れない
普段通りというには、少し遅い時間に目が覚めた。
珍しい。
気持ち急いで、支度を済ませ、家を出た。
何時もよりも遅れた時間の電車、
高校生が多くて少し騒がしいからこの時間は避けていた。
寝る前に朝の仕事の用意は済ませてある。
手持無沙汰な電車の中、何となく昨日気にしていた歌を鼻歌しようと試みる。
「ーー♪ー〜♪ーー〜ー♪……違うな?」
「〜ー♪〜ー♪ーーーー♪いや、離れた。どんなリズムだったかな」
周りが騒がしいから小さな鼻歌なんて誰も気付かないだろう。
そんな私に声がかかる。
「こうじゃないですか?」
鈴の音のように良く通る声は、喧騒を置き去りに私の耳に届いた。
振り返るとイマドキ珍しいくらいオーソドックスなセーラー服の女子高生がいた。
県内外の制服の分布を
きょとんとする私に彼女は続ける。
「ーー♪ーー♪ー〜ーー♪じゃないですか?」
一瞬なんの事かと思うが、私のモノとは別次元に上手いハミングに歌の事だと思い至る。
「あ、あぁ。そんな感じだったかな?」
ニッと花咲く様に笑う。
「やっぱり!いい歌ですよね!」
「そ、そうですね。」歌詞を覚えてないのだがね。
あ、この高校生に曲名を聞けば!
『白崎、白崎。お降りの方は足元お気を付けて前の方にお進みください。』
「あ!降りますね!」
スッとドアの方に駆け寄る彼女を止める事は出来なかった。
せっかく、この小さな気掛かりにケリをつけるチャンスだったのに……
_______________
出勤後、気持ちを切り替えて一日の仕事を終わらせた。
無事に帰宅した私は悶々としていた。
コンタクトを外し、メガネをかけている。
メガネだと心なしかいつもより仕事ができる感じがするのはなぜだろう。
パソコンに向かい合う私は、仕事が出来る男の雰囲気を
カタカタカタッターンッ
「女子高生、話しかける方法、検索っと」
事案かな?と思われる絵面だがちょっと待ってほしい。
曲名を知って、この思い出せないもどかしさを無くしたいだけなのだ。断じてやましい気持ちなんて……無いよね?(自問自答)
……たぶん無い!やっぱ嘘、あんまり無い!(正直)
本当にあんまり無い、無いったらないぞ。
自分以外誰もいないはずの6畳一間で弁明してしまいそうになる。
社会人3年目の私はもう25歳で、高校生なんて1年生なら15歳。10歳差になりかねない。
犯罪だ!ロリコンだ!死ぬが良い!との思いはあれど、若い子と接点があるのは何か自分も若くなるような気がしてちょっと心踊るのも事実。
別に恋愛しようとかは流石に思わないが、なんとなくそんな浮ついた気はしてしまうのだ。
話しかけると痴漢と思われないかなぁ(被害妄想)
世間からロリコン扱いされそう(自意識過剰)
検索結果は目ぼしいものは無かった。
ナンパのやり方が知りたいんじゃないんだ。
とりあえず仕事(持ち帰り残)して寝よう!
______________
社畜の朝は早い、何故ならなるべく人と関わらないようにする為だ。
人との関わりはコストを割く行為だ。
隣人と活動時間が被ろうものなら、挨拶や世間話で無駄な時間が増える、出勤時間が遅れる。
朝活(仕事)の時間が減ってしまう。
故にプロの社畜は出勤時間より早くに近くのコンビニのイートインで仕事をする事が稀によくある。
断じて悶々とし過ぎて全く寝れなかった為に早くに家を出たわけではないぞ。
プロだからな!
そんなわけで通勤電車に乗った私だが、
隣から響くソプラノの声に意識を引き戻される。
「ーー♪ー〜♪ーーー♪でしたっけ?歌詞が出てきませんけど、友達がよく歌うんです」
どうしてこうなった。
私の隣には昨日の子が座り、話しかけられている。
コレがコミュ力か。
「あぁ、かなりそんな感じがする。たぶんそれだ。」
「ですよね!あとは歌詞さえ思い出せばなんの曲か分かるんですけどね……」
それな。
そうなのだ。
昨日の
それでモヤモヤしてる所に、同じ歌を知ってるはずの私を見つけて話しかけてきて今に至る。
ちなみに今日は部活の朝練で早いらしい。
朝活(健全)か。
「2人とも思い出せないし諦めるべきだね、友達に聞くのが手っ取り早い。そして、私のような胡散臭いおじさんに話し掛けるのは危ないから止めなさい。」
ロリコンだったらどうする!
あと、私がロリコンだと思われたらどうする!
「おにいさんくらいでしょ、まだ若いっぽく見えるよ。あと、友達に聞くのはなんか負けた気がして悔しいからイヤ。」
これが若さか……
即、諦めてキミに聞こうとしてた軟弱者が私です。
「おじさんで構わないのだけどね。キミも親御さんに言われた事あるだろう『知らない人について行っちゃダメ』って。知らない人に無警戒になるのはダメだぞ。
……イヤなら、リズムに合いそうな単語を当てて歌詞を思い出す切っ掛けを作っていくしかないか。」
不思議と会話していて自然と馴染んでるが、私にこんなにコミュ力があったのだろうか?
「そだね!地道に探してみよっか!
あと、私の名前は
唐突な自己紹介に面食らう
「私は、石田。
「……偽名?」
「本名だからね?」
よく言われるけども
「そかそか、よろしく!石田さん!これで、『知らない人』じゃなくなったね!」
……なるほど、それが狙いか
「それでいいのか……まぁいっか。よろしく鈴原さん」
「あ、私のことは『白崎、白崎。お降りの方は足元お気を付けて前の方にお進みください。』」
「なんて?」
「『ゆーな』でいいからねっ!」
「……わかったわかった、降りそびれるぞ鈴原さん」
「おっと、またね『プシューッ』」
ドアが閉まって動き出す。声はもう届かないだろう。小さく手を振る。
キャッキャと笑いながら手を振り返してきた。
そんな景色を置き去りに、容赦無く、仕事に忠実に電車は加速する。
それがただただ有難かった。
「ニヤけてないよな?俺」
久しぶりに女子から下の名前で呼んでいいって
言われただけで、ニヤけるなんて子供か!
電車の振動を感じながら思う。
願わくば、この車輪を転がす箱を見習って狂い無く今日も仕事が出来ますように。
願わくば、これが恋になりませんように。
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