アサガオちゃんのがらくた屋

向日葵椎

アサガオちゃんと店長

 外は炎天下、天上天下てんじょうてんげがミンミンミン。

 今はここ、商店街の中にあるゴミ屋、いやガラクタ屋、もとい中古家電兼骨董品屋で店番をしている。元々は古本屋だったから、いたるところに棚があり、そこに店長が仕入れてきたゴミ、いやガラクタ、もとい中古パーツや調度品なんかがぎゅうぎゅうに詰められている。

 レジスター横に置いた扇風機だけがバイト仲間。残念ながらレジスターはまだ仲間じゃない。タイプライターが合体したみたいな見た目で、今は慣れてきたけどめっちゃ使いづらい。それから何より使う機会が全然ない。お客さん来ないからね。

 髪に挿したアサガオが風に揺れる。


 ――ああ、すっげえ暇だ。とんでもなく暇です。


 座りながら伸びをする。

「いてっ」手が後ろの棚に触れ、挟まるように詰まっていた何かが頭に落ちる。


 その何かはさらに、ゴトンと目の前のカウンターに落ちる。

 なんだこりゃ。

 黒いドライヤーのような形をした何か。しかしスイッチやコンセントプラグはついていない。後ろの方はコネクターらしき形状をしているが、だからといってこれがなんなのかは不明だ。

 親友のラップトップ君をカウンターの下から召喚し、インターネットで似たような何かがないか調べる。

 ――そもそもなんて調べればいいんだよ。

 キーボードの直前で手をフリーズさせていると、画面の両側から手が生える。


「アサガオちゃん、お客さん来た?」

「あ、店長」画面を手前に畳む。


 画面の向こう側に店長がいた。この黒髪ロングのちっちゃい女の子がこの店の店長である。今日はレースのキャミソールとデニムのミニスカートで夏カワ、なコーディネートに身を包んでいる。

 だが店長はこれでも成人しているのだ。事情があって路地裏で朽ち果てていた私を拾って治療まがいの改造で救い、さらに家に置いてくれ、仕事までくれた。今ではこの体のほとんどは純正以外のよくわからないパーツでできている。

 店長は落ちてるネジとか小石を拾ってポケットに入れたままにしちゃうような、キュートでプリティーチャーミングな女性なのである。


「来ませんね、今日も。それより店長、これなんです? そこの棚に入ってたみたいなんですけど」

「あ、それねー。うんとー、たしか荷電粒子砲モジュールだよ」

「なんですかそれ」店長にモジュールを渡す。

「えっと、昔の研究所のお友達がね、説明書なくしちゃったからって、安く売ってくれたんだったような気がする」モジュールを持ってくるくる回る。

「それ、セーフなやつなんですか?」

「まだ実用段階じゃなかったみたい」

「なるほど。でも仕様とかわからなかったら使えませんよね。そもそも何に使うのかもよくわかりませんが」

「ほんと、誰が買うんだろうねー」モジュールを指さし、噴き出して笑う。

「もう、だからお客さん来ないんですよ」


 この店はこんな用途不明のオブジェで溢れている。出所不明は当たり前、運よく動いたとしても、結局使いどころがわからないものばかり。

 店長はモジュールで飛行機ごっこを始めてしまった。


 仕方がないのでボディのメンテナンスを始める。手首を取り外し、外皮に傷んでいるところが無いか確認する。よく使う手はボディの中でも外皮が傷つきやすいのである。

 左手は大丈夫そうだな。


「おっと」店長がつまずく。

 ――ん?

 手を外した左手首に何かが接続された感覚があった。

 見てみると、荷電粒子砲モジュールの後ろにあったコネクターのような部分が、ピッタリと左手首にはまっている。


「おお、ドッキングした」

「いやいや、ドッキングじゃないですよ。なんかピッタリだけど。とってください」

「おー、ごめんごめん」ぐりぐりと引っ張る。


 そのとき、モジュールから低く唸るような音が鳴りだす。

 店長と目を合わせる。


「なんかこれ、起動しちゃってませんか……急いでください」

「そうっぽいよね……だけどちょっと、固いみたい」


 モジュールぐりぐり引っ張っているが抜ける気配がない。

 そのうちモジュールの先のところが赤く光りだした。

 ――あれか、荷電粒子砲の『砲』ってあの砲か?

 低く唸るような音が徐々に大きくなる。


「店長離れてください、外行ってきます!」


 モジュールを引っ張る店長を止め、外へ駆け出す。

 その間も赤い光は強くなり、モジュール内部から響く音もセミの声をかき消すほどに大きくなる。

 もう広い場所までは間に合わなそうだ。

 まあ、店の前すらひと気がないからいいけど。

 モジュールの振動が腕を伝い、肩を震わせる。

 赤い光はもう日の光のように眩しい。

 限界だ。

 天に向かって左腕を上げる――


 直後、光線のようなものがモジュールから真っすぐ飛び出した。

 それは瞬く間に天に上り、雲を吹き飛ばす。

 ――意外と気持ちいいかもしれない。

 そして光はすぐに消えた。

 モジュールの赤い光は消え、低い音と振動もすぐに微かになり、やがて動きは完全に止まった。


「おー、アサガオちゃんすごーい」店の中から店長がやってくる。

「すごくないですよ。商店街の消滅の危機でしたよ……もう。私とこのモジュールどうするんですかこれから。危険でここにいられません」

「それは嫌だな。腕ごと取っちゃうしかないかなあ」

「えー、腕の外皮はシームレスだから切らないとじゃないですかー」

「可愛くするから大丈夫!」

「変なもの入れないでくださいよ」


 左腕を守るように右手で押さえる。それからなんとなしにモジュールを眺め、もうないはずの左手を開こうとしてみる。すると、簡単に外れた。

 ゴトン、モジュールはコンクリートに転がる。


「うわ、やった! 取れた、取れましたよ店長!」

「おー、どうやったの?」

「左手の感覚を思い出して使ったら取れたみたいでした。よかったー。これでこの町にいられますよー」

「うん、よかった。でもさっき新しい腕のアイデアを思いついたんだけど」

「それはいいです……それより、このモジュールは危ないので売らないほうがよさそうですね。というか、こんなものいったいいくらで売ろうとしてたんですか?」

「ごひゃくえん!」

「やっすー」


 雲が吹き飛んだ空はどこまでも青い。

 それからセミがミンミンミン。

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アサガオちゃんのがらくた屋 向日葵椎 @hima_see

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