第2話
僕は久しぶりにベリンダの家に招かれた。村の端にある可愛らしい家は、ベリンダの両親が建てたものだ。
「美味しいなぁ」
五年ぶりに口にしたベリンダのケーキは本当に美味しい。村一番の料理上手は、王都の料理人よりも腕がいいと僕は思う。
「沢山食べなさいよ」
頬を赤らめるベリンダは可愛らしくて仕方ない。杏のケーキに杏のパイ。杏のゼリーに杏のソーダ。やせ細った僕に食べさせようと必死だ。
「そのゼリーも美味しそうだね。あーん」
「あ、あーんっって!? じ、自分で食べなさいよっ!」
そう言いながらも、ベリンダは自分が食べていたゼリーを僕の口に運ぶ。
僕がやせ細っているのは、飲んでいる薬のせい。僕は病弱を装う為に、やせ薬を飲み続けている。
厳しい試験に合格して文官として王城に勤め始めた時、僕は優しい上司と出会った。困っていた僕に仕事のことだけでなく、稼ぐ方法まで教えてくれた。
僕が敬愛していた上司は、つい先日、王子暗殺未遂で捕まってしまった。あの人を信奉して付き従っていた僕たちのことを、あの人は決して口にすることはないだろう。本当に他人に優しくて、自分に厳しい人だ。
「そういえば、おじさんとおばさんは?」
「……三年前に突然出て行っちゃったの。何か、スゴイ遺産がもらえるんだって言って。それっきりよ」
「あ、そうなんだ……。それは……一人で寂しい思いをさせちゃったかな?」
「ううん。いいの。あの人たち、勝手に家に押し掛けてきただけだったし」
ベリンダの父母が事故で亡くなった後、叔父夫妻がこの家に押しかけてきて居座った。ベリンダを大事に可愛がっているから黙っていたが、実は十八歳になったら貴族の妾として売る契約をしていたと知ったので、僕が手を回して排除した。それまでにあちこちで行ってきた詐欺の罪で、十五年の強制労働の刑を受けている。
「フレッド、休みはいつまで? 何が食べたい?」
「休みは十日もらったよ。そうだなぁ、ベリンダが作る料理ならなんでもいいなぁ」
料理上手のベリンダは、僕を健康的に太らせようと思っているのかもしれない。でも僕の仮面は、病弱で時折人前で倒れるような文官。人から憐れまれることで様々な情報を手に入れ、集めた情報を分析して裏で売りさばいている。
離れていた五年間、美しくて優しいベリンダを密かに護るには多額の金が必要だった。常に監視を頼み、何か危ないことがあれば阻止してもらっている。
ベリンダが他の男にちょっかいを出すと、別の男にベリンダに近づいてもらってベリンダの目を逸らさせる。そうでもしないと、魅力的なベリンダが誰かの物になってしまうのは目に見えていた。最初はあの人がお金と知恵と人手を与えてくれて、僕が稼げるようになってからは、僕がベリンダを護り続けた。
「フレッドが病気になっても贅沢したいなんて思ってなかったわよ」
「僕は大好きなベリンダを幸せにできるなら、何だってするよ」
それは僕の正直な気持ちだ。たとえ僕の手を汚しても、ベリンダだけは綺麗なままで護り抜く。
「そ、そんなこと言わないでよ。フレッドが死んだら私……」
「簡単には死なないよ。ベリンダがいるからね」
僕の不健康は見た目だけ。元間諜から体術訓練を受けているし、医術師にも定期的に見てもらっている。身体能力も体の機能も問題ない。
わざと咳き込むとベリンダが慌てながら心配してくれるのが心地いい。
「私も王都に行く! 王城で働くわ! 大丈夫、未来の王子妃が友達なの!」
「え?」
今、彼女は何て言った? 未来の王子妃が友達? いやいや、それはきっと冗談か何かだろう。
「えーっと。働かなくていいよ? 僕が稼ぐから」
「何言ってるの? 贅沢なんていらないわ! フレッドの健康の方が大事よ!」
彼女が生まれ育ち、愛着を持っているこの家から、どうやって王都に連れ出そうか考えていたのに、あまりにもあっさりとした結論は想定外。
頬を赤くして目をうるませるベリンダは、とてつもなく可愛い。冷静にならなければと、粉々に砕け散りそうな理性を繋ぎ止める為に息を深く吸って整える。
「私、フレッドのお嫁さんになる! 毎日美味しいご飯を作って、フレッドを健康にしてみせるわ!」
「え!? ……あ、はい」
完全に不意打ちで勢いよく抱き着いてきたベリンダを抱きしめて、その柔らかな髪を撫でると良い匂いが脳内に広がっていく。もう僕の理性は小指の爪程も残っていない。それでも結婚して初夜を迎えるまでは耐えなければと、奥歯を噛み締める。
願わくば、もっと雰囲気のある場所で僕から結婚を申し込みたかった。いろいろとベリンダを囲い込む計画をしていたのに、全部ぶち壊しだ。
まぁ、でも、幸せだからいいか。
杏ケーキの約束と病弱な幼馴染 ヴィルヘルミナ @Wilhelmina
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