エジプトの神様

アリエッティ

海を渡れば..。

 古代エジプトには、アヌビスという犬の顔をした神がいた。生と死を司るといわれたアヌビスは魂を縫合し身体を保存し整え現世に送る。現代でいう『ミイラ』と呼ばれるモノを作っていた。要約すればミイラ工場の工場長だ


「なんだココ、なんにもねぇな。」

現在もアヌビスは存在する。エジプトの神殿の地下、神々は裏エジプトと呼んでいるがそこでミイラを造り続け、保存している。

「ム..サシ、ノ...であってるか?

ダメだ文字は古代しか読めねぇ。」

裏エジプトは現代に固執した世界、定期的に生贄を埋葬しないと崩れ始めてしまう。しかしエジプトの人々を使っては現代の秩序に反する。ならば他の地域の死体を使えばいいと場所を選ばず飛んだ場所、それが武蔵野だった。


「あ、ああ..!」「ん、なんだ?」

子供が目を見開いてこちらを指差し体を震わせている。

「いぬ!」「イヌじゃねぇ神だ。」

「カミちゃんていうの?」

「ちげぇよゴッドだ、わかるか?」

直立で立つ装飾付きの黒い獣を他所では犬というらしい。神の風格は、思っていたより伝わっていない。

「何をしてるの?」

「お前に関係ないだろ。」

「だよね、ごめん..」

申し訳ないと肩を落とし、深く頭を下げる少年の姿は、どこか寂しさがある

「おいお前、何かあった..」


「あ、見つけたぞ弱虫キク坊だ!」

「うあっ..。」「やーい!」

数名の子供達が少年を囲み殴る蹴ると好き勝手に痛めつける。キク坊と呼ばれる少年はその度に砂埃をかぶり涙を流している。

「どうだキク坊?」「けほ、けほ..!」

「なんか喋れよ!」「あぅっ!」

腹を思いきり蹴飛ばされ痛みに悶え強く苦しむ。周りはそれを見て笑い、腹を抱えている。

「今日もこの後公園来いよ..?」

「逃げんじゃねぇぞ、絶対来いよ!」

要件を残し、平然と帰っていった。少年はボロボロで服は煤けている。


「虐められてるのか..」「ぐすっ。」

古代エジプトにも似たような風習があった。だがそれは罪人が受けるような凄惨なもので、目の前の少年はどうもその罪人にはまるで見えなかった。

「..僕は弱いんだ

いつも負けちゃう、今日もやられた」

「あいつらに何かしたのか?」

「してない、気持ち悪いんだって。」

「何だソリャ?

してないのに戦う意味があるのかよ」

「あるよ、絶対。僕は弱いから、強くならないと。そしたらまた父さんみたいに誰かが死んじゃう」

「ん、死んじゃう?

お前の父親は死んでるのか?」

「うん、死んだ。」

「死体はあるか?」「..遺骨なら。」

「充分だ、それ俺にくれ」「え?」

父の肩身を譲れと吠え猛る様を子供は何と見るのだろうか。純粋というのは真っ直ぐだ、全て受け入れてしまう。

「お父さんが好きなの?」

「ああ大好きだ。頼む、骨くれよ、じゃねぇと俺の国は無くなっちまう!」

「国がなくなる?」

「そうだ、だからここに来た。お前の父親が俺たちを救うんだ。」

「お父さんが..人を?」「そうだ」

嬉しい事ではあった。好きだった父親は元々優しい人間だったが、死しても尚頼りにされるのだと。しかしそうしても、自分の強さに変わりは無い、彼は弱さを捨て、強くなりたいのだ。


「じゃあさ、手伝ってよ..僕が強くなれるように。ね?」

「そうすりゃ骨をくれんだな。

わかった、俺は何をすればいい?」

「一緒に原っぱに行くんだ、それであいつらに頼みに行く。もう何もしないでくれって。」

「原っぱ?

あいつら公園って言ってたろ。」

「原っぱの事を公園って言うんだよ、何でかわからないけどね」

「何だソリャ?」「なんだろうね。」

公園に向かえば案の定、連中はいた。ここで幾度も痛めつけられた、だけど今回は違う。


「お、来たかよ弱ムシ。..誰だそれ」

「友達だよ、僕の」

「キク坊に友達? 嘘つくな!

そんなもの出来るわけねぇだろ!?」

「いいや、俺は友達だ。」

「..なんだよ、やんのか?」「..あぁ」

ニヤリと口角を上げ、原っぱの草の上に膝をついた。そして頭を下げながら渾身の一言をぶつける。

「もうこの子を!

虐めないであげて下さい!!」

「は?」「お願いしまっす〜!」

心からの懇願をすればきっとわかってくれる筈、キク坊の頼みを丁寧に全うした。神なれど土下座は初である。


「なんだコイツ気持ち悪ぃな!」

「やっちまえやっちまえ!」

「ちょっとダメだよ!」「お前もだ」

床に倒され蹴りの嵐、砂埃は無いが痛みが走る。止めに入ったキク坊も一緒になって蹴り飛ばされる。

「やめてくださいごめんなさい!

もういじめないで上げてください!」

「わっ、コイツまだ言ってるぞ!」

脚にしがみつき必死に懇願を続ける。口につま先を入れられないのは幸いだ

「もう乱暴するのやめてよ!

痛いんだよ、ずっと痛いんだよ!」

「キク坊お前まで!

気持ち悪りぃよ、声出すな!」

何を言われても訴え続けた。蹴りの痛みを感じなくなる程頭を下げ続け、やがて連中の感情にも変化を生じさせる

「なぁコイツ気持ち悪りぃよ!」

「オレもう顔見たくない、蹴っても全然痛がらないし。」

「あ、おい待てお前ら!」

二人が恐怖を覚え去っていった。残すは残党ただ一人、どうやら一人で蹴り上げる勇気は無い。

「..いいのかよ?

俺が相手しなくなったらお前はホントに誰でもなくなるぞ!」

「蹴るのはやめてください。」

意思は固く、頑なに動かない。

「好きにしろこのバカったれが!」

乱暴に吐き捨て走っていった。きちんとした脚の使い方も知っているようだ

「..お前人が良すぎだぞ。」

「そうかな、暴力ってした事ないからわかんなくて。頼むしかなかったよ」

「..わかった、お前は弱くねぇ。

優しすぎるからそう見えるんだ」

「そんな事ないよ。」

強くなる必要なんて初めからなかった危険な場所で何かに立ち向かうという事より、危険な場所へ連れて行かないという選択の方が正しいからだ。

➖➖➖➖➖➖


 「ホントにいいのかよ?」

「うん、国を救う為なんでしょ?」

随分と骨の折れる交渉だった。普段言葉を強く発さないキク坊が珍しいと最終的には祖母がそれを許した。

「とんでもねぇ家族だな、まぁお陰で助かったんだけどな。」

「また用があれば来てよ、この街に」

「ああ。ムサシノ、中々いいとこだ」

 自然豊かな野原の上で、空を見上げ感心にふける。貰った骨は骨壺がら外し布で包みミイラの原型を作っておく

「じゃあな、また来る!」

「うん、元気でね..!」


その後エジプトの遺跡が崩れたというニュースは無い。だが稀に、武蔵野に黒い犬の男が出るという噂が出回るようになった。おかしな話もあるものだ

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