わかったよなふりしないで

水戸楓

わかったよなふりしないで

「わかったよなふりしないで」


 私の最後の言葉はいつもこれだった。


 苦虫を噛み潰したような相手の顔、怒気を隠しきれていない表情、諦めたように俯く人、今まで色々な相手と出逢ってきた。言動の一つ一つが、言葉の裏付けになっている事に総じて気付いていない。

 そんな嵐のように変化する相手をただ静かに見つめていると、愛も憎しみも悲しみも、全ての感情が霧のように晴れていくのが自分でもわかった。


 恋愛とは相手を知る事だと、何かで読んだ気がする。


 この言葉は、私を愛してくれた人を否定するものなのかもしれない。それでも、今にも泣きそうで崩れそうな相手に手を伸ばす程私は天使じゃないし、そう思われていたのなら、それこそ「わかったよなふりしないで」って感じだ。


「わかったよなふりしないで」


 そう相手に投げつける度に、破裂した小さな欠片が私に向かってくることも、また事実だった。


 私は私のことをわかっているのだろうか。


 お姉ちゃんの黄色いワンピースを御下がりで貰ったとき「でもアンタには可愛すぎるかもね」って言われて困ったように笑った私。


 ピンクのキラキラなアイシャドウを友達からすすめられて「私ってそういうキャラじゃないから」と遠慮した私。


 美醜、歳、偏差値、世間体、劣等感……。

 縛っているものを一つ一つほどいてくれる人が欲しかったのかもしれない。

 諦めでも泣き言でもなく、否定で私を肯定してくれる、──私が。



 気付くのが遅すぎたのかなって、公園のブランコに座りひとり呟いた。別れ話が終わる頃にはもうすっかり夜中だ。


 思いっきり助走をつける。

 小学生の頃は、頑張ればてっぺんを越えて一周できると思っていた。飛ばした靴は向こうの木まで届くと思っていた。


 今はもうてっぺんは越えられないし、靴は取りに行くのが面倒だから飛ばさないけど、気持ちの良い風が私の背中を押してくれる。



 したたかにいこう。

 わかったようなふりをしないで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わかったよなふりしないで 水戸楓 @mito_kaede

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ