【4月5日】落涙

王生らてぃ

【4月5日】落涙

「あんたもお揃いにしてあげるね」



 と、有無を言わさず左の耳たぶにあてがわれたピアッサー。がちゃんという音が大きく聞こえた気がした。痛くはなかった。でも、たぶん死ぬくらい骨折した時はこういう感じなんだろうなあと思った。



「すごい顔ちっちゃいね〜。それに肌も綺麗だし、白いし。うらやましい。なにが似合うかなあ」



 じゃらじゃらと、アクセサリーボックスがかすかに揺れる音がやけに大きく聞こえた。

 まだ、頬に触れたままの手が恐ろしくて、わたしはただ震えていることしかできなかった。怖かった。まるで自分が殺されているのを、じっと見つめているような気分だった。



「うん、これ!」



 水色の、涙型の小さな宝石がついたピアスを取り出すと、わたしが何か言うまでもなく、さっと取り付けてしまった。

 ちゃらちゃら。ぱちん。

 そういう細かい音が耳元でものすごく大きく聞こえて、恐怖心を煽った。



「うん、めちゃ似合ってるよ。すてき。すてきだよ」



 呼吸が荒い。

 わたしは泣き出す寸前だった。目の前が涙でうるんできて、あなたの姿が霞む。

 あなたはわたしのことをやわらかく抱き締めると、押しつけるようにキスをした。キスをしたのもはじめてだった。

 すごくいやだった。

 わたしはあなたのことを突き飛ばした。目に溜まっていた涙がぼろぼろこぼれて、目を見開いたまま尻餅をついたあなたの姿が見えた。



「さい……」



 声が震えてうまくしゃべれない。



「最低……!」



 情けなくて、わたしは振り返って走り出した。

 目からぼろぼろ涙がこぼれた。






     ◯






「るい、そのピアス、すごいよく似合ってるね」



 親友のあいが、わたしの左耳をじっと見ながらつぶやいた。



「髪に隠れてて気付かなかった。え、すごいかわいいね、いつから付けてるの? てか、るいもピアスとかあけるんだね」

「あ、うん……」

「どうしたの?」

「これ……自分でやったわけじゃないから」



 人に喋るのは、はじめてだった。

 でも、藍はわたしのことをちゃんと受け入れてくれるし、いい友だちでいてくれると思っていた。



「これは、その……姉にあけられたの。義理の姉。昔、親が再婚したことがあって、その時に一時期いっしょに暮らしてた。すぐ離婚したから、半年くらいしかいっしょにいなかったけど。その時に……」



 姉妹ができると聞いた時は、どきどきした。でもうれしかった。わたしはひとりっ子で、きょうだいというものがどういうものか、知らなかったし、憧れもあった。



「で、そのお姉さんにつけてもらったんだ」

「そ、そう、でも、そのとき、まだ中学生だったし……外しかたもわからないから……」

「え、中学からずっとつけっぱなしなの!?」

「へ、へんに外して、傷つけるのも怖いし……」



 だから必死に髪を伸ばした。ピアスを隠したかった。怖くて、誰にもいえなかった。

 あけたばかりの穴にすぐつけたピアスは、すっかり馴染んでしまって、皮膚に食い込んで、外そうと思っても外せない。



「それはひどいね。ピアスって、ちゃんとやらないと危険なのに」

「うん……」

「ね、病院とか行こうよ。ちゃんとしたところに頼めば、きっと外してもらえるよ」

「うん……」



 だけど、わたしはときどき思い出すのだ。



「はじめまして。きょうからあたしが、あんたのお姉ちゃんだよ」



 と、不安でぶるぶる震えるわたしの頭を撫でる、姉の笑顔。

 あたたかい笑い声。

 頬に触れた指の温度、キスしたときの唇の感触。肌を重ねたときの熱、やわらかさ……恐怖と快感がないまぜになった、大きすぎる呼吸と鼓動。



「こんど、行ってみるね」



 藍はいますぐにでも、と言いたげだったが、わたしは首を振った。そのとき、ちゃら、と鳴るピアスの音にも、もうすっかり慣れた。



「おねえちゃん、って呼んで」

「おねえちゃん……」

「そう! えらいね、るい」



 わたしは姉を忘れられない。もう二度とこの傷は消えない。

 だったら、せめてすぐそばに置いておきたい。この傷を、この恐怖を手なずけてやりたい。



 姉はたぶん姉なりに、わたしのことを「かわいがっていた」。わたしもそれを感じていたから、怖くても、それを受け入れていた。

 わたしはいつか姉に謝りたいのだ。

 あのとき、あなたを拒んでごめんなさいと。

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【4月5日】落涙 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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