粘猫半纏

安良巻祐介

 勝手口の方で、「おあああああ」と低く濁った叫び声がしたので、慌てて見に行ってみると、半開きになった戸の内側に、毛むくじゃらの人が立っていた。

「おあああああああ」

 見れば、毛むくじゃらと見えたのは、頭に何かの毛皮をかむっているのと、身体に毛だらけの半纏を着こんでいるからで、しかもよく見れば、頭の毛の塊の間から二つ、半纏の毛の合間から二つ、目玉がぴかぴかと光った。

「おああああ」

 猫であった。そいつは、猫を頭に乗せて、身体にも猫を纏っていた。

 しかも、その猫というのが、いずれも尋常の様態ではなく、手足がなく、骨も抜けたような、いわば生きているだけの毛皮なのである。

 そんなものを全身にくっつけたまま、その人は、ただぬっくりと立っている。

「おああああああ」

「おああああああ」

 その人が泣いているのか、猫が鳴いているのか、わからないが、そのままにしていたら何か悪いことが起こりそうだったので、慌てて、立てかけてあった箒神を取って、逆立てて思い切り叩いたら、「ぎゃっ」と叫び声を上げて、そいつは勝手口から転がり出るように、逃げて行った。

 後で祖母に聞いたところによると、そいつは「粘猫半纏」というもので、人間と猫の中間あたりをうろうろしているらしく、殆ど子どものような心を持っているから、哀れんでやらねばならないし、また警戒しなければならないということであった。

 勝手口のほうをそっと見に行くと、ぴかぴかと光るものが一つ落ちているのに気が付いた。

 猫の目石だった。

 どこか寂しそうに光っているそれを、祖母に知られないように、私は、そっと懐へと隠しこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

粘猫半纏 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ