彼女の消えた夜

 部屋の中で煙草を吸い、ウイスキーを飲んでいた。煙草は体に悪いからやめなくてはと思うのだが、どうしても煙草の味と快感が好きで吸ってしまう。煙草を吸いながら酒を飲むと、さらに快感が増すような気がする。

 テーブルの上には近所の弁当屋で買ったチキン南蛮弁当が置いてある。店はコンビニに隣接していて、コンビニに客を取られてしまうのではと思う。それにこのチキン南蛮弁当だってコンビニで売っている弁当と大差ないのだ。しかし、僕は弁当屋のこの弁当が好きだった。

 煙草を一本吸い終わると、弁当のプラスチックの蓋を開けた。ついてきたタルタルソースを揚げたチキンにかける。おいしそうな匂いがする。僕はタルタルソースのかかったチキンを口に運び、咀嚼し、ウイスキーを飲んだ。

 部屋には紫色の分厚いカーテンがかかっている。今は六月で蒸し暑いので、エアコンがついている。この部屋で去年まで過ごした京子という恋人のことを思い出す。彼女は病気になり、あっという間に死んでしまった。病室の中で、呼吸器をつけた彼女が苦しそうに話していたのを僕は思い出した。


 次の日、目覚めると外は晴れていた。僕は分厚いカーテンと窓を開けた。少し涼しい風が部屋の中に吹き込んでくる。もうこの世界に京子はいないのだなと思う。もう二度と笑顔を見ることも体のぬくもりを感じることもできないのだ。

 僕はキッチンでコーヒーを淹れ、食パンを一つ取り出した。食パンの上にチーズとケチャップをかけて、オーブンで五分焼いた。

 朝食を食べ終えると僕は鞄を持って家を出た。駅までの道を歩いていく。楽しそうに会話をしている小学生がいて、僕にもそんな時代があったなと思う。

 電車の中は人が多くて窮屈だ。スーツを着た人たちが手すりにつかまりながら、電車が揺れるたびに体が触れる。窓の外の住宅街を見ていた。

 会社に着くと僕はデスクに座り、プログラムの作成を行った。パソコンの画面にコードを打ち込んでいく。

 昼休みになると同期の木村と昼食を食堂で食べた。

「暑いな。六月なのに」

 木村はシャツの襟を手で引っ張っている。

「最近なんかあった?」

 僕はそばを食べながら聞いた。

「別になんもないよ。仕事して、家に帰ってパソコンでゲームして。休日もそんな感じ」

「まぁ僕もこれといって何もしてないけどな」

「お前、恋人を亡くしてからなんか元気ないな」

「そう?」

 僕はそばをすすった。

 午後も仕事をして、六時に会社を出た。外はすっかり暗くなっていた。

 僕は住んでいる部屋のドアを開けた。その瞬間違和感に気づく。部屋の中に誰かいるのだ。僕が部屋の中に入ると、死んだ恋人の京子が僕のことをじっと見つめていた。

「京子……」

「祐君」

 京子はジーンズにシャツという姿で僕のことを見ていた。

「どうしてここに?」

「私も気が付いたらここにいて」

「君は死んだはずじゃ」

「私もそう思う」

 僕らは何がなんだかわからないまま、二人で部屋の中に立っていた。

「とりあえず、座る?」

 京子はそう言ってテーブルに座った。僕も向かいに座る。

「私、死んだはずなんだけど、気が付いたらこの部屋にいたの。なんでかしら?」

「さぁ。僕にもわからない」

「なんだか不思議なことが起こるものね。私死んだらてっきりそのまま消えるのかと思ってたけど」

 僕はしばらくの間、京子がここにいる理由を考えていた。

「科学ではまだわからないこの世の現象かもしれない。僕らは死んだら消えると思っているけど、そうじゃないのかも」

「煙草が吸いたい」

 京子がそう言ったので、僕は煙草のケースとライターを渡した。彼女は火をつけて部屋の中で煙草を吸った。ゆらゆらと煙草の煙が舞う。

 僕はその様子を眺めていた。これは現実のはずだが、ずいぶん非現実的なことに思える。

 僕らは寝る時間まで仕事のことや最近の近況のことを語りあっていた。

 夜、眠りにつく前に京子は死んだときの話をしてくれた。どうやら死ぬ前に意識を失って、死ぬときは気づかなかったらしい。

 次の日、朝目覚めると京子はいなかった。きっと消えたのだろうと思う。突然現れたのだから突然消えることだってあるだろう。僕はベランダに出て外の景色を眺めた。

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短編集 @kurokurokurom

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