八年の恋人
僕はこんな雨が降った日には小学校の頃の真夏のプールを思い出す。理由は雨が嫌いだから。せめて想像だけでも晴れていてほしい。夏のプールで僕の隣にはスクール水着を着た沙織がいる。彼女は笑っていた。
高校三年生になった僕は窓に雨の水滴が流れていくのを見ていた。先生はさっきから歴史について話しているのだが、どうにも関心が持てない。僕の頭にあるのは小学生の頃の沙織の姿だった。小学五年生の頃に付き合った僕らは八年の恋人だ。
「おい。斎藤。聞いてるのか?」
僕は佐々木という苗字だが、びくっとした。前の方に座っている斎藤が体を起こすのが見えた。どうやら寝ていたらしい。
「そんなんじゃ大学いけないぞ。ここは受験でも出るかもしれない大事なところだからな」
僕は四十代くらいの四角い眼鏡をかけた先生を眺めていたのだが、どうにも受験がそれほど大事なこととは思えなかった。まぁどこかの大学を出て就職すれば大差ないだろうと思っている。それに僕には彼女がいる。沙織は今頃、別のクラスで何かの授業を受けているのはずだ。
「今日のところはここまで。きちんと復習しておくように」
チャイムの音がして、授業は終わった。僕はノートを鞄にしまい、机につっぷした。今は秋で外は冷たい雨が降っている。受験が僕には避けて通れないプレッシャーだった。いくらどうでもいいと頭でわかっていても、実際受かるかどうかにすごく気を張ってしまう。僕はこの後予備校で授業がある。しかし行きたくないなと思った。
ホームルームが終わり、僕が教室を出ると、沙織が廊下で待っていた。
「佐々木君」
沙織は髪を後ろで縛っていて、どことなく家庭的だ。性格はとても温厚で、その割には気の強そうな人とも友達でいる。なんだかんだ上手くやっていけるタイプに見えた。
「帰ろうか。今日予備校なんだ」
僕らは階段を下りて行った。外の雨の音が廊下に響き渡っている。校舎の中は薄暗かった。
「予備校についていってもいい?」
「今日は授業ないんじゃないの」
沙織は理系だった。
「自習室で勉強してる」
この町には予備校が一つしかない。だからこの高校の生徒は大概、僕の行っている予備校に通っている。だから教室に同じクラスのやつが数人いたりする。
僕らは校舎を出て、ビニール傘を差し、校庭の前の道を歩いた。ビニール傘にせわしなく雨が当たる。僕は雨が嫌いだったが、隣に沙織がいたのでそんなに悪い気分でもなかった。沙織は僕の隣でにっこり笑いながら今日起きたことを僕に話し、僕は相槌を打っていた。駅までの道は十五分ほどだ。隣で話をしている沙織の横顔をふと眺める。いつまでもこうして過ごせたらいいだろうなと思う。
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