第8話 嫌な日常


「アシュレイ君……お弁当を作ってきたら、良かったら一緒に食べない?」


 午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った直後、ケイト=オードリーは俺の教室にやって来た。


「あのなあ……俺の弁当はいらなって言っただろう? ……いや、食べるけどさ」


 昼飯は腹黒兄妹にたかるつもりだったのだが……紫色の瞳に悲しそうに見つめられたら、断れる筈が無いだろう?

 実は、試験の翌日もケイトは『昨日のお礼』だと俺の分の弁当を作って来た。それを知ったのは腹黒兄妹の部屋で昼飯を食べた後だったから……俺は二度目の昼食を食べるハメになった。


「あ、ケイトだ……なあ、あたしの分の弁当もあるんだよな?」


 なんて突然割り込んできたのは馬鹿レナだ。


「うん。もちろんレナの分も作って来たから、三人で一緒に食べよう!」


 あれ? いつの間にケイトとレナが仲良くなったんだよって思ったが――俺が学院を離れている間、もしかしたら俺が戻っているんじゃないかって、ケイトは毎日教室まで弁当を持って来ており。レナはその余った弁当を恵んで貰っていたらしい。


 さらには二日目からは、ケイトはレナの分まで弁当を用意するようになったから、レナは毎日二人分の弁当を食べていたのだが。食欲モンスターの胃袋には、二人前の弁当など楽勝な訳で……レナは完全に餌付けされて、ケイトは自分の作った弁当を残さず食べてくれる彼女に好感を持ったそうだ。


「あーあ……アッシュがいるから、今日は弁当一つだけか。こんなんじゃ、全然足りないや!」


 中庭のベンチに並んで座って、昼食を食べ始めて一分……一瞬で弁当一つを平らげたレナが不満そうに言う。


「レナ、おまえなあ……図々しいにも程があるだろ?」


 俺は呆れた顔をするが、ケイトは楽しそうに笑う。


「良いのよ、アシュレイ君……だったら、明日からもう一つお弁当を作って来るわね」


「だったら……いや、何でもない」


 俺の分もレナが食えば良いだろと言い掛けたが、空気を察したケイトの目が潤んだので止める。


「マジで……やった! ケイト、サンキュ! でも、今日は足りないからな……」


 全く空気を読まないレナは、何故か中庭にある木々の方へと視線を向けて――走り出そうとしたところを、俺は手を掴んで強引に止める。


「おい、レナ。おまえ……何をするつもりだよ?」


「え? 昼飯の確保だけど……アッシュ、邪魔するなよ?」


 レナが何をしようとしているのか、俺には解っていたが――ケイトが理解している筈もなく。


「アシュレイ君。いきなりレナの手を握るとか……どういう事かな?」


 ニッコリ笑顔で、極寒の視線を向けて来る。


「お、おい! ちょっと待て、ケイト……違うんだって!」


 俺は弁解するが――次の瞬間、何故かレイと一緒に正座をさせられていた。


「何で、あたしまで……全部、アッシュのせいだからな!」


 文句を言うレイナの歯の間には、何かの黒い足のようなものが挟まっていた……おまえ、いつの間に食ったんだよ? 俺は吐き気を覚えて、それ以上何かを言う気力を失った。


※ ※ ※ ※


「あ……もしかしてアッシュって、ケイトと付き合ってるのか?」


 午後の授業も終わって、帰り支度をしていると。今さらながら、レナがこんなことを言って来た。何でこんな話になったか良く解らないが、どうやら弁当の件とか、昼休みの態度とか、この馬鹿にも何か思うところがあったらしい。


「何だよ、いきなり……別に付き合ってる訳じゃないからな」


 これ以上ケイトに深入りするつもりはない。俺はそう決めた筈だが……完全に押し負けているような気がする。ちょっと反省しないとな。


「そうだよな、アッシュはあたしの事が好きだし!」


 馬鹿の馬鹿な台詞に――俺はキレる。


「……はあ? おまえ、どの口でそんなこと言ってんだよ?」


「いや、この口で」


「……てめえ、ぶっ殺す!」


 本気でキレた俺に、レナが顔を青くして逃げ出す。


「じょ、冗談だって! アッシュ、あたしの可愛い冗談だから!」


「おまえなあ……全然可愛くないから!」


 レナの襟首を捕まえて、締め上げようとしたときと――校内に設置されている魔道具の拡声器から、俺が良く知っている声が聞こえた。


「二年C組のアシュレイ=シュタインベルガー君……至急、皇室特別室に来なさい」


 聞き間違えようのないロ〇ボイス――第六皇女ソフィア=レイモンドに、俺は呼び出された。


(何だよ、ソフィの奴。いきなり呼び出しとか……面倒臭いし、バックレるか?)


 ウォルターである俺が、皇族に尻尾を振る理由はない。だから、そのまま教室を後にして帰ろうとするが――


「シュタインベルガー君……まさか、皇族からの呼び出しを無視する気ではないですよね?」


 俺を呼び止めたのは、二年C組の担任エリカ=ロトバルト先生だった。若干二十五歳の若手講師である彼女は俺の担任になってから、やつれたと評判だった。

 

「そ、そんな事になったら……私の責任問題になるわ! シュタインベルガー君、お願いだから……私の命を助けると思って……」


 痛そうに胃を抑えるエリカ先生に、俺は顔を引きつらせながら――仕方ないかと帰るのを止めて、ソフィアのところに向かうことにした。

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突然、公爵家を継ぐことになった俺は、魔法学院でモテまくるが――地位と財産が目的のビッチなんて、お断りだ!!! 岡村豊蔵『恋愛魔法学院』2巻制作決定! @okamura-toyozou

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