カップ麺の作り方

水守中也

第1話 カップ麺の作り方


「さて、ここにカップ麺があるね」

「はいっ。あります!」

 お兄様の言葉に、私はこくこくうなずきました。


 ここは愛しのお兄様のお部屋。その真ん中にある小さなテーブルの上には、未開封のごく一般的なカップ麺と、トマトジュースのペットボトルが置かれています。

 

「今からカップ麺を、この部屋から一歩も出ないで作ることはできると思う?」

「……この部屋を出ずに、ですか?」

 

 カップラーメンに必要なのは何といっても、お湯です。

 ですが、お兄様のお部屋にポットはありません。もちろん、ガスコンロも。

 そもそも、お湯の前身である「水」がないのです。

 お兄様がこういう風に謎かけされた場合、ヒントはちゃんと見える範囲にありますので、ミネラルウォーターのペットボトルがお部屋のどこかに隠してあることはないでしょう。


 水がなければ、カップ麺はふやけません。

 ……いや。麺の硬さは人の好みによってそれぞれ。バリ硬なら水は不要。それで食べられるのなら、もうそれは、封を開けた時点で「作った」ことになるのでは? 


「ところでお兄様。野性味に溢れた女性はお好きで――」

「ちなみに、そのままぽりぽり食べるのは無しだよ」


 うぐぅぅ。

 危ないところでした。危うく私がワイルド系妹扱いされるところでした。


 やはり硬いのはダメです。水です。水を探しましょう。

 例えば、植物の鉢植え。水をやった直後なら、土を絞れば水滴が得られる可能性はあります。

 ですが、整理整頓されたお兄様のお部屋には、鉢植えはありません。ぱっと目に付くのはトマトジュースのペットボトルのみ。

 ならば、水がぽたぽた溜まっている湿気取りは? ああでも今は乾燥注意報お肌カサカサ大敵期間。カップ麺をふやかすには圧倒的水分量が足りません。


 そもそもご家庭内において水が出るところは、キッチン・洗面所・お風呂。いずれも二階にあるお兄様の部屋からは程遠い位置に。

 二階にあるのは私とお兄様のお部屋と……トイレ。

 ――そうです! トイレがありました。

 砂漠の真ん中に鎮座するオアシスがごとき、水の宝庫。

 用を足す前なら、きらきらウォーター。カップ麺作れます。

 問題は、「この部屋から一歩も出ない」ですが。


 私はすくっと立ち上がりました。

 すたすたと歩き、お部屋の扉を開けます。

 そして足だけ部屋から出さずに、身体を廊下に投げだします。トイレは、目の前――果たして届くか?


 無理でした。


「えーと。何をしているのかな?」

「部屋にぎりぎり足一本残したまま廊下にのたうちまわる海老の物まねですわ」

「そっか。海老なら仕方ないね」


 ええ。仕方ないのです。

 私は立ち上がって部屋の中に戻りました。

 もう一度お部屋をチェックします。

 

 といっても、すっかり見慣れたお兄様の部屋。普段と変わりありません。違いがあるとしたら、机の上のカップ麺とトマトジュースのペットボトルくらい。

 あとは……お兄様と私。

 ――そう。ヒトです! なんていっても、人体の99%は水分でできているといわれているとかいないとか。つまり、もう水。マジきゅうり食べよう。


 ヒト=水。ではその水をどうやって抽出すればいいのでしょう。


 ……

 ………………

 

 私はぽっと頬を染めます。

 い、いや。問題ありません。

 汚いというのは、一般的概念。

 お金持ちのステータス、金の名を持つ黄金水。聖なる力を持った、聖水。

 抽出したては、むしろ逆に清潔と聞いたこともあります(たぶん

 その純度が災いして、すぐに悪くなりやすいというのなら、まさにカルキを飛ばした水道水のお湯のごとし。

 尿蛋白入りならむしろ高たんぱく。水道水よりも栄養過多。万能調味料!


 し、しかし、アンモニアは食してよいものなのでしょうか。

 お兄様に聞くとしてもストレートに尋ねるわけにはいけません。

 ここはソフトタッチに、遠回しにさりげなく伺ってみましょう。


「ときにお兄様。アンモナイトはお好きですか?」

「アンモナイト? うーん。あんまり好きじゃないかなぁ」

「そうですか」


 危なかったです!

 危機回避、成功しました。


 しかしお聖水が駄目なら、残るのは……ま、まさか、下の口?

 ああでもいけませんわ。お兄様っ。私にはまだ早すぎ――って、下の前に、上があるじゃないですか。ええ。普通のお口です。

 そう、唾液。

 とある哺乳類は自分の口の中で食材を柔らかくして、子供に分け与えるのです。まさに、無償の愛。母なる大海! 私、ママになりますわっ。


「ときにお兄様。子供は何人欲しいですか?」

「子供? うーん。いきなり言われてもなぁ」

「そ、そうですよねっ」


 いけません。先走ってしまいました。

 こういうのはもっとゆっくり自然と……って、今作る話は、子供じゃなくてカップ麺です!



「うーん。分からないかな? じゃあヒントをあげよう。ヒントは……」


 戸惑っている私の様子を見て、お兄様はそう言うと、意味ありげに視線を向けます。その先にあるのは、トマトジュースのペットボトル。

 これがヒントなのでしょうか。


「……トマトジュース?」

「うん。実はそうなんだ。トマトジュースをカップ麺に注いでしばらく置いておくと」


 トマトジュースと言ったら、グラス片手に嗜むドラキュラ伯爵。

 そこから連想されるものは……

 ま、まさかっっ。 


「意外と美味しく――」

「経血なんて、不潔ですわ! お兄様ぁぁぁ」




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カップ麺の作り方 水守中也 @aoimimori

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