132.呼び方も暮らし方も変わっていく
数日経てば、徐々に人間と魔族の生活地域が混じっていく。
鱗人は侍女バーベナと恋人同士になったことで、甘い雰囲気を醸し出し周囲に揶揄われる。門番がその状態なら、サルビアの母親や妹と距離を詰めて婚約者の座を狙うセージが通い詰め、ニームとセントーレアは新しい家を建てる場所を探し始めた。
セントランサス以外の国は王族が避難しなかったこともあり、宰相ネリネにより人間達の纏め役を押し付けられたリアトリスはむすっと顔をしかめた。
「ようやく自由になったのに、また纏め役か」
「仕方ありません、兄上。王族の義務です」
「もう王族じゃない。あ、今日からお兄ちゃんと呼んでみろ」
あちこちで見かけた兄弟の呼び方が新鮮で、この期に堅苦しさを排除して弟と距離を詰めたい。リアトリスの我が侭に、周りの人々は苦笑いして見守った。兄弟といえど、中々甘える機会がなかった弟が「お兄ちゃん」と呼んで、ひたすら甘やかされるのは少し先の未来。
アルカンサス辺境伯が治めていた城塞都市リキマシアは、ほとんどの人間が新しい世界を選んだ。そのためリッピア男爵家の御近所さんは、魔族に尋ねて土地を確保し始める。
冒険がしたいと魔族に持ちかけ、一緒に外へ出る人間も現れ始めた。人間だけで集落を作ることは禁止され、魔族と人間は混じりながら生活することを義務付ける。
「大騒ぎね」
城の上階に引っ越すよう言われたクナウティアが、テラスから下を見下ろす。元々の生息域が散らばる魔族は家族の元へ帰ったり、魔王城に残ったりと自由に過ごす。人間はかつて城下町を形成したように、城から少し離れた場所に集まり始めた。それを数十人単位でばらばらに分けるのが、最近の仕事だった。
聖女の肩書は命じるのに最適だ。恨まれることもあるだろう。それでも少女は侍女のバーベナと一緒に、人々の希望を聞きながら仕分けていく。
「どうした」
引越しは終わったか。尋ねるシオンを振り返り、クナウティアは頷いた。
「ほとんど、私はしてないのよ」
荷物運びは鱗人や竜のお爺ちゃんが手配してくれ、宝物の入った小さな箱やお気に入りの毛布を運んだだけ。そう告げて手元にあった箱を見せる。バーベナに貰った髪飾り、兄がくれたブローチ、両親が選んでくれたリボン。宝箱と呼ぶにはささやかで、だが特別で替えのきかない物がたくさん入っていた。覗き込んだシオンが頬を緩める。
すっと膝をついて、彼女から受け取った箱を横においた。きょとんとした様子のクナウティアの手をとり、薬指に指輪を通す。豪華な宝石がギラギラ光る物ではなく、様々な色の地金が螺旋を描いて混じる指輪だった。石は一切なく、どちらかといえば地味だろう。
「すごい! 綺麗。この下の景色みたいね」
様々な種族が混じり合う光景を思い描き、クナウティアは微笑んだ。この指輪のように、すべての種族が混じり合い、いろんな色が生まれていく。そんな未来に目を輝かせた。
「これでそなたは余のものだ」
嬉しそうに所有を明言され、クナウティアは頬を膨らませて不満を露わにする。立ち上がったシオンが不思議そうに首を傾けると、胸に飛び込んだ元聖女は可愛らしい文句を口にした。
「そなたじゃなくて、ティアと呼んで」
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