131.誤解は解けたが恥を晒す

 美しい世界は今までと色が違う。ぐるりと見回して、銀色の空に気づいた。見上げると太陽を目にしたように眩しくて、目の奥がじわっと痛い。それが何だか不思議で、でも楽しくて。


「ニーム、凄いわね」


「うん、僕も驚いた」


 婚約者となったニームと手を繋いだセントーレアは、庭に飛び出す。貸し与えられた魔王城の部屋から見える景色は、どこまでも新しい。見たことのない植物の色は赤や青、黄色もあった。果物や野菜も、きっと色が違うのだろう。


 味はどうかしら。いろいろと気になることがあって、質問や疑問が溢れて止まらない。でも最初にすることは決まっていた。


「新しい世界で幸せになりましょうね」


「もちろんだよ、可愛いセレア」


 微笑んだ婚約者ニームに抱きつく。両思いになった2人を、セントーレアの両親は微笑ましげに見つめた。娘のために住みなれた地を離れる。その決断は、いま最高の形で結実した。あとは2人が結婚して孫の顔を見せてくれれば、何も言うことはない。


「あれ……ニーム、あの人」


「変態騎士?」


 失礼なネーミングを口にしたニームは、大急ぎでセントーレアを背中に庇う。だが目の前を駆け抜けたガウナは、抱き合う兄弟の足元に跪いた。両手を伸ばしたガウナの姿に、興味を惹かれて近づく。その間もセントーレアをエスコートするニームは、彼女を守る態度を崩そうとしなかった。


 城塞都市リキマシアの主バコパに気づき、ニームは少し警戒を解く。


「アルカンサス辺境伯?」


「元、だ。今はただのバコパだな」


 明るく過去の地位を笑い飛ばしたバコパは、じっくりと若者を眺め、聖女クナウティアの兄セージを思い出した。よく似ている。リッピア男爵家には優秀な息子が2人いたと聞く。ならば聖女の兄の1人だろう。


「聖女様の兄上か。ご無事で何よりだ」


「ありがとうございます。それで……そこの」


 ガウナについて尋ねようとしたが、勘違いしたバコパは妻や我が子の紹介を始めた。愛想笑いを浮かべて話を聞く間に、ガウナは落ち着いて姿勢を正す。


「……聖女陛下の兄上? セージ殿の弟ですか」


 兄セージを知るリアトリスの言葉に、ニームは名乗った。腕をしっかり絡めたセントーレアも続く。するとリアトリスと弟、最後にガウナも己の名を口にした。


「以前、我が婚約者を追い回した方が……近衛騎士……」


 そんな立場なら、女性などいくらでも選べるだろう。なぜセントーレアを追い回したのだろう。近衛騎士の地位を明かせば、女性など選り取り見取りなのに。眉を寄せたニームの表情に、ガウナは溜め息を吐いた。


 聖女の帽子を持っていたため追いかけたことを、ようやく説明できた。するとリアトリスが目を見開く。


「そちらのご令嬢に惚れて追い回したのではない? どうしてあの時に言わなかった!」

 

 誤解したじゃないか。そんなバコパの声に、ガウナは黙った。しかしニームはあっさりと話してしまう。


「兄が一撃で叩きのめしたことがショックだったのでしょう。悪いことをしました」


 悪いと思っていないのだろう。あの日セントーレアを怖がらせた仕返しをして、ニームはくすくすと笑った。

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