119.再会という奇跡
商売女だから、蔑まれるのは慣れている。性女と呼ばれ、乱暴に扱われることもあった。それでも自分が身を売ったことで、家族が食べられる。生き残る手段を得たのなら構わなかった。
あの日、馬車に乗り損ねた女の子に声をかけた。普段なら絶対にしないけれど、後ろ姿が妹に似ていたんだ。まだ幼い外見の妹は、もう大きくなっただろうね。そう思いながら、記憶と重なる12歳前後の少女に声をかけた。
世間知らずだけど、高慢なところがない。受け答えは品があり、ちゃんとした親に育てられた様子が見て取れた。万が一にも間違いがないよう、物置に匿う。ここなら今日と明日は誰も開けない。それでも不安で外から鍵を掛けた。
礼を言ったあの子は別れ際に、ブローチを外して渡そうとする。礼をしないと気が済まない様子の少女に、彼女でも払える金額を告げて追い出した。硬いパンと少しの飲み物……ワインを葡萄汁で割った紛い物だ。
翌日、玄関先にねじ込まれた包みに気づいた。王都の子ではないのに、律儀だね。そう思って開いた包みは要求額の数倍で……彼女の親が口止め料を含めたのだろうと受け取った。返す先もないし、二度と会わない相手だ。
彼女のことを忘れた頃、聖女が魔王に拐われたと聞いた。どこかの貧乏貴族家の三男坊が持ち込んだ話だから、信憑性は薄いけど。出立する勇者だの賢者だのに興味はなく、その日は祭りがあるとかで客が多かった。その程度の認識だ。直接攻撃されたわけじゃないし、魔王なんて雲の上の存在だった。
世界が壊れる――魔王の庇護を受けて生き残る。その選択肢に、同業の女性たちは一斉に拒否を示した。助けを求めた先で、人間に商売を理由に差別され、魔獣に犯されるなんて御免だと泣く。その不安はよくわかる。でもあたしは生き残りたかった。
だって、母や弟妹も逃れていると思うから。成長した弟妹を一目見たかった。汚れた姉だから一緒に暮らせないけれど、再会くらい許されるんじゃないか? そっと遠くから見るだけでいい。そう願った。だから仲間に内緒で白い布を腕に巻く。
呼ばれた先で、最初に見つけたのは……にこにこと笑って歓迎を伝え、受け入れると表明した聖女だった。クナウティア様と呼ばれる彼女は、間違いなくあの夜の少女だ。家族より先に再会した彼女が寝ている間に、この汚れた手で摘んだ野の花を届けるくらい……許されるよね。
花を届けたことで気分が前向きになった。さあ、家族を探そう。多くのテントや小屋が用意された一角は、思ったより人間の数が少ない。端から回っていき、家族の名を呼んで知っている人を探した。
「あっちで、その名前を聞いたぞ。18歳くらいの女の子だろ?」
「そう、あたしと同じ薄茶の髪と瞳なんだよ」
「じゃあ間違いない。母親っぽい人もいたけど、顔もあんたに似てるよ」
教えてもらった方へ走った。途中で木の根に足を取られて指から血が滲んだ。それでも痛みなんて気にならない。必死に走った先、テントが立ち並ぶ中に彼女はいた。一目で妹だと気づく。涙がこぼれた。よかった、無事だった。
「……サルビア、かい?」
後ろからかかる懐かしい声に、ぎこちなく振り返る。背後にいた母親が、手にした水入りの器を落とした。
「よかった……っ、ごめんね。母さんが守れなくて、ごめんね」
汚れた娘を抱きしめる母親の腕の中で、サルビアは家を出て以来初めて……声を上げて泣いた。
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