114.魔王様、やっちゃって!

 魔族からの申し出を、王宮は跳ね除けた。セントランサス国の貴族院は、即日箝口令かんこうれいを発した。しかし人の口に戸は立てられぬ。


 王宮だけに通達された内容ならば、箝口令は効果を発揮しただろう。しかし同じ内容が貴族平民関係なく届けられた。それは魔族ならではの魔術だ。言葉を直接空から撒き散らした。


 影響を受ける魔法陣の範囲内にいた者は、全員同じ言葉を聞いた。文字で伝える方法も検討されたが、ルドベキアやリナリアが反対した。というのも、平民で文字が読めるのは商人など限られた者だけ。情報を上部の者が止めてしまったら、何も知らない平民や貧民が犠牲になってしまう。


 この世界が滅びること。それによって死すべき運命の人間に対し、魔族は受け入れる気があること。そして魔族は助かる方法を持っており、すでにリクニスの民は受け入れられたこと。


 大きな驚きを持って口伝えされる話は、王宮の箝口令など届かなかった。ひそひそと裏路地で、家の中で、街道を外れた小さな村落に至るまで。人が住む場所ならば、どこまでも広がって行く。


 セントランサスから始まった告知は、周辺他国へも齎された。魔族の声を直接聞いた者以外にも、商人が運んだ話を耳にした者もいた。それぞれに話し合い、期限を検討し始める。


「助かりたいと思う者は、左腕に白い布を巻けばいいわ」


「あなたはどうする?」


「死にたくないけど、魔族を信じられるのかしら?」


「リクニスがすでに合流したって聞いたが」


 噂は正確に伝わって行く。恐怖も同様に広がり、あちこちの国で暴動が起きていた。


「そらみろ、魔族の狙いはこれだ!」


 舌打ちするユーフォルビア国王は、国民の脱出を妨げる命令を出した。セントランサスの隣国であり、城塞都市リキマシアに接した国家だ。独裁の軍事国家であり、王の権力は絶対だった。戦が続き疲弊した国民の決断は、他国より早い。


 このまま国に残ってもいずれ徴兵され、戦場で息子や夫は殺される。現在は他国の奴隷で賄っている戦力は、もう底をつき始めていた。愛する存在を守るために女性達が先に決断する。夫や子供、恋人達を連れて脱出すると決め、白いシーツを破いて紐状にした。


 昼間に白い布や服を身につけると投獄されるため、夜になってから家族全員で布を巻いた。左腕と聞いていたが、心配なので両手に巻いた家族もいる。


「魔王様、やっちゃって!」


 巨大なドラゴンの背に乗ったクナウティアが、物騒な呼びかけをする。白い布を左腕に結んだ人間を回収するため、魔法陣が展開された。聖女クナウティアの姿を見て、夜空を指差す者もでる。ピンクブロンドは、月光を弾いて美しい薔薇色の光を放った。その姿に慌てて白布を巻きつける民もいる。


 一瞬の転移で持ち帰られた人間は、魔王城の周囲に用意された簡易テントで、温かな食事と毛布を振る舞われた。


「本当に助かるんですよね。軍人に追われたりしないですか」


 幼い子供の手を引いた母親に、リナリアはにっこり笑って頷く。


「ええ、ここでは身分はありません。魔王様に直談判も出来る、新しい国を作りましょうね」


 最高権力者に声を届けられる国……身分制度に縛られた人間にとって、それは夢の話だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る