115.聖女ではなく、少女の功績が街を救う
一夜にしてごっそりと平民が消えた。貴族階級で行方が分からなくなった者は少ない。だが王都の民が減ったのは確実だった。それは城から見てわかるほど顕著だ。灯りの減った街は寂れた雰囲気を醸し出し、やがて治安が悪くなった。
世界が崩壊し死ぬと叫んだ老人を、うるさいと衛兵が殴り倒す。白い服を着ていた民が、他の奴に裏切り者と罵られ殺された。
これこそが魔王の思惑だ! そうに違いない。人間を動揺させて、同士討ちさせる気だ。
ユーフォルビアの王侯貴族がそう主張したことで、一気に周辺国の緊張が高まった。この誘いは魔族の攻撃の一種であり、連れて行かれた者が無事である保証はない。酷い殺され方をし、魔物の食料にされたであろう。
それに対し、魔王側を擁護する発言もあった。城塞都市リキマシアに引き篭もったセントランサスの賢者リアトリスだ。父王との言い争いの末、彼は王位継承権を完全に放棄して、王城から出た。そんな王子を引き取ったのが、リキマシアの領主であり師匠でもあるアルカンサス辺境伯バコパだ。
リキマシアの民の半数以上は、すでに消えている。そしてこの街に残った住民も、魔王側に投降する意思を固めていた。その理由が……
「聖女様がクナウティアちゃんだったなんてね」
「そりゃ信じるしかねえな」
「あの子は多少の悪戯はしても、悪い子じゃないから」
「幸せそうだったね」
リキマシアに姿を見せたクナウティアは、低空飛行する竜の上から挨拶した。女神ネメシアの髪色を持つ少女は、幼い頃から有名だ。父や兄が砦を守ったこともあり、お転婆娘のクナウティアと、それを諫めるセントーレアを住人は微笑ましく感じていた。
「おばさま達、私結婚するから見にきてね」
無邪気に手を振って幸せそうに笑う姿は、まさに砦の小さな女神だった。彼女が呼ぶなら、参加してもいい。そんな感覚でいくつかの家族はもう合流した。残っている者達は街から持ち出すものを選び、孤児や飲んだくれのおじさんを説得する。そして最後の期日まで街を守り、アルカンサス辺境伯一家と王子リアトリスが合流予定だった。
ぎりぎりまで他の貴族家や領主を説得する賢者の姿勢に絆され、いくつかの領地が応じている。こういった噂や伝聞は真実である必要はない。人々は己が信じたい方を広めるからだ。
「人間とは、かくも身勝手な生き物だったのか」
実際に魔王や魔族を見たからこそ、リアトリスの嘆きは深い。家族を描いた絵に溢れた愛情を、人間の貴族家が我が子や領民に対して持てたなら……その絵を城の広間に飾るような王家であったなら。世界はもっと優しかっただろう。
魔族に見限られ、捨てられようとしているのに……人間はまだ醜く争っていた。
「聖女様はすべて見抜いておられたのか。女神ネメシア様も……それゆえに彼女を選ばれた」
城壁を取り囲むように集まった他国の兵を眺め、呟いたリアトリスの肩を鎧の手がぽんと叩いた。
「リアトリス殿下」
「バコパ、もう攻めて来るか?」
「早くて明日の朝でしょうな。街に伝令を走らせ、今夜が最終期限だと知らせています。口惜しい気もしますが、空の砦はくれてやりますよ」
豪快に笑う辺境伯は、すでに左腕に白い布を巻いている。砦中のシーツを割いて準備させ、住民に渡したと聞いた。
「さあ、殿下も」
右手に握った白い布を丁寧に巻き、鎧の手でぎこちなく縛る。じっと白い布を見つめ、ぽつりと呟いた。
「父上を救えなかった」
ぽつりと呟いた本音、そして弟王子は夜にこっそり白布を結ぶ約束を交わしていた。もし約束を守ることが出来れば、魔王城で再会出来るだろう。
両手を広げて城塞都市を見回す。助けることが出来るのは、この手が届いている範囲だけだ。この無力感を魔族も味わったのか。ならば、これは罰なのかも知れない。リアトリスは拳を握り締めた。
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