最終章 御伽噺はこうして終わる
113.チェス盤を増やせばいいのさ
魔族とリクニスの融合は簡単だ。彼らは反発する気がない。魔族の血を引くリクニスを、魔族は仲間と認識する。リクニスは自分達より優れた魔族を素直に尊敬した。
ミューレンベルギアの説明以降、のんびり進んだ子連れのグループも合流し、巫女の御伽噺は一族に深く浸透する。その様子を見ながら、セントーレアは覚悟を決めた。
「ティア、私もこの地で暮らすわ。ニームもいるし、お父様やお母様も説得したの」
「よかった! これで、いつまでも仲良くお茶できるわ」
給仕役の侍女バーベナを交えて、3人の少女達はお茶を楽しむ。魔族、リクニス、人間……奇しくも彼女らは種族が違った。仲良く過ごす様子を、複雑な心境でネリネは眺める。
聖女クナウティアは、女神ネメシアが選んだ最後のチャンスだ。これを逃せば、ループから出られなくなる。だが……ちらりと隣の巫女に視線をやった。彼女が口にした作戦は犠牲が出る。魔族ではなく、人間側に。もちろん減らすことは出来るが、現状を考えれば人間を救うことは不可能に近かった。
「心配するでないわ。神罰は私のものだ。魔王やお前に分けてやるものか」
悪びれた話し方をするが、ミューレンベルギアは己の命を諦めている。すべての罰を背負って消滅する気だろう。死ぬことができない彼女にとって、それは幸せなのか。
「私は300年近く生きた。お前達のように長寿なわけでもない人間の魂は、もう限界だよ」
ひとつ溜め息をついて、少女姿の巫女は一族の誰にも言わなかった弱音を吐いた。
「わかるかい? 眠るたびに、明日の朝が来ないことを願うのさ。また死ねなかった……目が覚めてガッカリするなんて、生き物として間違ってるさね」
じっと3種族の少女達を見つめながら、決してネリネの方を振り向かない。涙はとうに枯れた。呪いを受けた日から、ずっと……望むのは争いの消えた世界を見たい、死にたい。ただそれだけだった。
「セントランサスから始めようか」
近い国から徐々に手を広げる。そう告げた巫女の決意は揺るがない。
「わかりました」
ネリネは敬意を込めて頭を下げる。この女性が苦しんだ年月に、その身を犠牲にする覚悟に、そして先を見通した決断に。種族が違おうが関係ない。尊敬できる女性へ一礼した宰相は、彼女を止める言葉を持たなかった。だから踵を返す。
去っていくネリネを見送り、ミューレンベルギアは微笑んだ。その表情は柔らかくも、どこか切ない。
「分離すればいいのさ。世界を結んだ
世界が滅びることを告げ、魔族と共に生きることを選ぶ人間は救われる。それ以外は滅びを受け入れて死ぬだけ。数年後か、数十年かかるのか。世界が滅びるまでの期限は知らない。
チェスの盤上が混んだなら、もう1つ並べて駒を逃せばいい。それが邪道であっても、1つの盤上に2つ分の駒を並べたことが間違っていた。女神ネメシア様だとて、それは分かったんだろう?
邪魔をしない女神が、リクニスから聖女を選んだ事実が予測を裏付けていた。
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