112.御伽噺は過去の真実を語る
この世界は崩壊の危機に瀕していた。世界を維持する基盤の魔力が足りない。大切に育てた世界が消滅する未来を回避したい女神ネメシアが選んだのは、より強い力を持つ世界との融合だった。
管理する複数の世界から選んだのが、魔族の住む世界――圧倒的な生命力に満ち、好奇心旺盛で穏やかな種族が支配する世界なら、人間達と上手に共存してくれると思った。いや、そうであって欲しいと願ったのだ。
基盤を支える魔力が流れ出る一方の世界に、魔力が満ちた世界を結合させる。それは魔族にしたら不運な出会いだった。
ミューレンベルギアは少女の外見に似合う瑞々しい声色で、淡々と御伽噺を語る。いつの間にか周囲に魔族も集まっていた。世界が初めて融合した時に立ち会った魔族もいる。それ以降にこの世界で生まれた魔族もいた。彼らは巫女が語る、世界の仕組みに聞き入った。
いきなり目の前に現れた新しい世界、魔族はそう思った。違う世界に入り込んでしまったのだと信じた。それがすでに間違いの始まり――実際は逆だったのだ。
脆くなった基盤に上から補強するより、すでに地盤が固まった魔族の世界に人間を流し込んだ方が安定する。魔族がこの世界を侵略したと思ったのは、人間側の勘違いだった。動物や植物ごと移植したため、人間はこう思ったのだろう。自分達の世界に魔族が侵略した。圧倒的な力を持つ彼らは、きっと人間から搾取し虐殺し奴隷にするはずだ。
実際に魔族にそんな考えはなかった。ただ見知らぬ種族に興味を持ち、近づいただけ。雑多な種族が混じる魔族にとって、魔法が使えない新たな種族は興味の対象だった。器用に物を作り出す姿に感心し、鱗や翼、爪もない弱い人間に寄り添おうとした。
襲ってくる魔獣から彼らを守ったのに、嗾けたと冤罪をかけられて攻撃される。誤解を解こうとするたび、人間は手ひどく跳ね除けた。だが、この頃はまだ魔族と繋がろうとする人間もいたのだ。ごく少数だが、その子孫がリクニスの始まりだった。
やがて魔族から借りた大地の力を吸収し、魔法の使える人間が現れる。魔法使いや魔術師と呼ばれる人々は尊敬を集め、王侯貴族となって人間を支配した。彼らが同族を支配下に置くにあたり、魔族を仮想敵国として設定したのは必然なのか。怒りや苦しみ、不満をぶつける先として魔族を選んだ。
そこまで一気に語ったミューレンベルギアは、芝居がかった所作で大きく手を広げた。見上げるリクニスの覚悟も、魔族の哀しみも……すべてを受け止めるように。
ここは魔族の土地だ。侵略者というなら、それは人間の側であって魔族ではない。不当な言い掛かりを跳ね除けようではないか!
そう締め括った巫女に、魔族とリクニスは大きく頷く。自分達が、先祖が、間違っていなかったことを……世界に刻みつけるために。手を取り合い、異種族が歓声を上げる中に飛び込んだクナウティアが、バーベナ達に囲まれて微笑んでいた。
この光景を守るために、魔王を今度こそ殺させないように……ミューレンベルギアはもうひとつの秘密を心に秘めて、大きく息を吐き出した。
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