103.あなたは娘の友人よ
狩りに行くと出掛けた兄と父が戻った知らせに、クナウティアは昼寝から目覚める。長椅子の上でうたた寝したらしく、読んでいた本は開いたまま腹の上だった。
「ティア、泣いているの?」
「悲しい小説でも読みましたか」
母とバーベナの言葉に、先ほどまで見ていた夢を思い出そうとする。漠然としているけれど、ただ哀しい気持ちだけが広がった。どんな夢を見たのか。誰かが泣いていた気がする。傷つけられた人を想って、自分の決断を悔やんで泣く人……。
「夢を見た、わ」
ぽつりと呟いたら、夢の内容は思い出せないのに感じた切なさが押し寄せた。見開いた大きな緑瞳から、ぽろぽろと涙が落ちる。泣いている自分に困惑した様子で、クナウティアは顔を覆う。
「どうしたの? 気分でも悪い?」
母が心配して膝をつく。長椅子に座った娘と視線を合わせ、リナリアは覗き込んだ。優しい母の表情は心配そうで、それが泣きそうだった夢の女性と重なった。
「誰かが夢の中で泣いてたの。痛い、切ない、哀しい……こんなはずじゃなかったって、そう泣いたわ」
同調した感情が苦しいと泣くクナウティアに、リナリアは何も言わずに抱きしめた。しがみ付くクナウティアが長椅子から滑り落ち、母の首筋に顔を埋めて泣く。夢の中の女性の代わりのように。
泣き疲れて目を閉じたクナウティアを長椅子に横たえ、母は幼子を寝かしつける子守唄を歌った。かつてミューレンベルギアが歌ってくれた歌を、リナリアの母が口遊んだ歌を……小さな声で歌いながら、ぽんぽんとクナウティアを落ち着かせる鼓動の速さで叩く。
「……大丈夫でしょうか」
心配そうなバーベナに、リナリアは意外なことを言い出した。
「陛下への謁見許可を申請して頂戴。それとこの子を見ていて欲しいの」
謁見でリクニスの村へ戻る許可を得て、ミューレンベルギアと会わなくてはならない。長寿の巫女ならば、聖女の本当の意味と役目を知っているはず。
女神ネメシアの慈悲深さは、リナリアも伝え聞いている。魔族を苦しめると知りつつ、短期間で次々と聖女を選定した過去はおかしい。納得できなかった。
自分達がまだ知らない何かがある。それが聖女になったクナウティアを苦しめるなら、その憂いを払うのは母親の役割でしょう?
「あの、私は魔族です。獣の耳を持つ……」
化物と言われた人間の言葉を思い出す。胸に突き刺さった棘は未だ痛みを生み出していた。バーベナが口籠った先を察して、リナリアは慎重に言葉を選ぶ。
「心配なんてしないわ。だって私の娘は、あなたを『友達』と紹介したの。だから私にとってバーベナは、娘の友人よ。それ以外の呼び方が必要かしら」
目を見開いた瞳孔が縦に割れて、獣の牙が覗く。それでもリナリアは微笑みを浮かべて目を逸さなかった。威嚇してみせたバーベナは「根負けしました」と苦笑いする。
「留守の間、魔王様の命令通りにクナウティア様……友人を守るのが私の仕事です」
言い直したバーベナの誇らしげな表情に、立ち上がったリナリアは優しく頭を撫でて、耳に軽く触れた。
「戻ったら、ぜひこの耳や尻尾にブラシを掛けさせて欲しいわね」
毛繕いは重要で、獣人なら信用できない者に触れさせたりしない。それを承知で言ったのか。知らずに申し出たのか。どちらでも構わない。無事に戻ったらリナリアに撫でてもらおう。バーベナは素直にそう思った。
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