102.今度こそ、間違わないで

 溶けて混じった世界を戻す方法は、私も知らないの。そう告げた女神ネメシアに、悲しそうな顔をした魔王を忘れたことはなかった。


 神は万能ではない。己の護る世界ならばある程度自由に動けるが、他の世界に干渉する力はなかった。救うために開けた穴から、他の世界が溶け込んだとき……ネメシアが優先したのは、両方の世界の民の命を守ること。守り切って安堵した女神は使い果たした力の回復のため、己の代理人である聖女を選んで眠りについた。


 目が覚めて悲鳴をあげたのは……流れ込んだ世界の者を惨殺した光景が流れ込んだから。大切に育て、庇護した人間が起こした蛮行を目の当たりにして、涙がこぼれた。薔薇の指輪の宝石は、その時の涙だ。初代の聖女が受け取った涙は、同様に嘆く彼女の命を宿して宝石に変わった。


 外見が違い、能力が違うからと恐れて攻撃する。そんな人間でも、女神にとっては子供も同然だ。止めようと聖女を選び、その度に利用される愛し子を見てきた。加護を強めることはできても、一度与えた加護は奪えない。一方通行の法則を前に、魔族の不遇に手を合わせて詫び続けた。


 優しい子を、魔族を愛せる子を……そう思うのに、選ばれた聖女は皆、変貌してしまう。それが人の定めなら、なんと悲しい生き物なのだろう。もう選びたくない。毎年行われる聖女の選定式の場に立ち会いながら、女神は嘆いてきた。


 陛下の敬称を与えられ、豪華な食事や美しいドレスを得て、王子に寄り添う。3代目の聖女は、異世界からの少女だった。不遇な人生を終えた彼女を受け入れたことが、のちの大きな後悔に繋がる。異世界から持ち込まれた知識は、この世界の調和を大きく乱した。


 圧倒的な力を持ちながらも、魔族は人間を退けるだけで攻め込まなかった。その優しさを踏みにじる行為だ。異世界から召喚する形で、世界に穴を開ける。新しい異物を飲み込んだ世界の傷を癒す女神の前で、魔王達は何度も殺され封印された。


 やがて世界は新しい形を望む。魔族の男と、人間の女の間に……種を宿した。芽吹くよう加護を与え、大切に見守った子は……成長して大きな力で仲間を守る。傷付けられた魔族を保護し、同調して彼女を保護する人間が集まり……気づけばひとつの村を作るほどに膨れ上がった。


 自らを「リクニス」と呼称する彼や彼女らは、魔族譲りの魔法を使い、人間より長い寿命と頑丈な身体をもつ。ひとつの希望だった。人間にも、魔族にも繋がる絆となれる存在を、裏切ったのはまたしても人間だった。


 便利な道具と見做した王族の暴挙に、リクニスは逃げた。戦えば勝てると知りながら、生まれながらにもつ圧倒的な魔力を振るう道を捨てる。その姿に、あと少しだけ……人間を滅ぼすのを待とうと決めた。あの子達の子孫、リクニスの思想と優しさを継ぐ子が生まれたら、その子達に共存の道を託そう。これが最後のチャンスだから。


 世界の歪みを抑えるために、最小限の干渉しかできない女神の――それは大きな賭けだった。


「ねえ、可愛いのにどこか抜けていて、世間知らずで真っ直ぐなクナウティア。私の愛し子。今度こそね?」

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