104.少女達は美しい幻想を抱く

 泣き疲れて眠ったクナウティアの様子を確かめ、ルドベキアはリナリアの謁見に同行を申し出た。セージは心配で妹のそばに寄り添うことを決め、迷った末にニームはセントーレアと共に妹の部屋に詰める。


 悲しい夢を見たと泣いた聖女を心配した魔族が、何人も見舞いの品を持ち込んだ。優しい香りのハーブだったり、焼き菓子、ふかふかの羽毛枕、夜に柔らかく光る月光石など。品はそれぞれ違い、素朴な物が多い。豪華ではないが、だからこそ心の籠もった物ばかりだった。


 感謝の言葉を口にし、眠って無防備な聖女の前まで通して顔を見せてくれるセージの評価は、魔族の中でうなぎ上りだ。魔族を差別する人間なら、表面を取り繕ってもわかる。クナウティアの兄という肩書から、少し信用できる人間へとランクアップした勇者は、妹のピンクブロンドを指先で弄った。


 ベッドの端に腰掛けたセージは、受け取った品を決して床に置かなかった。ベッド脇の椅子に、テーブルに。置く場所がなくなればソファの上に並べる。それを魔族は優しさや気遣いと受け取り、セージは当たり前の常識と考えた。


 互いに良い方へ誤解したまま、父母は謁見を済ませた。眠った娘の髪を撫でて出掛ける両親に、魔族が数人同行する。見張りと受け取るか、森を抜ける護衛と考えるか。本心はさておき、魔族の同行で魔物の襲撃の心配がなくなり、馬車のような箱に入った彼らをドラゴンが運んでくれるため、時間が短縮される。


 素直に厚意を受けて旅立った2人が見えなくなる頃、ようやくクナウティアの目が覚めた。ベッドの上や机に積まれた品物に目を丸くした彼女は、親友とともにはしゃいだ。まるであの夢を忘れたように振る舞う。


「すごい。見てこれ、綺麗よ」


 病気ではないのに心配してくれた彼らの気持ちに、クナウティアは素直に喜んだ。ひとつ開けるたびに声を上げ、誰にもらったか確認して礼を口にする。自分が贈ったプレゼントに歓声をあげるクナウティアと親友のセントーレアの姿は、人間に対する魔族の警戒心を緩めた。


「随分と元気だな」


 使者に立ったリナリアの話では寝込んでいると受け取れたが? 謁見の後ネリネ達との会議を終えたシオンは、様子を見に訪れて苦笑した。部屋の中は物が溢れ、ハーブの袋を枕に仕込んで抱き締める聖女は、小さな木の実を頬張っている。まるでリスのようだ。


「あ、まほーひゃま」


「食べてから話せ」


 膨らんだ頬が元に戻るまでに、セージが手慣れた様子でお茶を入れる。テーブルの上はだいぶ片付いており、それでも多少の包装用リボンやプレゼントが残っていた。


 ソファに腰掛けた魔王の前から、品物はひとつずつ丁寧にベッドへ移動される。セージが隣のニームに渡し、ニームはセントーレアに、そして彼女はベッドの上に並べた。


「たくさん貰ったの。本当に魔族の人って親切なのね」


「皆が知ってたら、戦いなんて起きないのにね」


 少女達の他愛ない言葉は、この世界に来たばかりの魔族が抱いた幻想だった。理想は叩き潰され、仲間を殺され、苦しめられ、敬愛する魔王を殺される。この場にいる魔族の大半はその記憶を有していた。己の体験として。

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