68.聖女は一つ屋根の下で悩む

 出された食事を警戒せず平らげた兄が滞在中とも知らず、クナウティアは作戦を練っていた。何とかして家族と連絡を取りたい。その理由が逃げるためなら、侍女達の監視対象なのだが。


「どうしたらいいかしら」


 なぜかクナウティアは、侍女のバーベナを巻き込んだ。相談されても困惑する立場のバーベナに、クナウティアは次々と案を出す。


「自分で呼びにいくのは危険だわ。私、方向音痴なの。実は2番目のお兄様も方向音痴で、似てしまったのね」


 嘆くクナウティアは溜め息を吐く。実は聖女選定にセントーレアと一緒に出かけたのは、彼女が方向音痴だからだった。一度通った道は方角に関係なく覚える記憶力があるので、初めての場所でなければ問題が発覚しづらい。


「はぁ……」


 相槌を打つバーベナは、首をかしげる。逃げる話かと思えば、どうやら違うようだ。この部屋を出たら、上司の侍女長か宰相のネリネに相談するつもりで話の続きに耳を傾けた。


「手紙なら確実かしら。でも運んでもらうのにお金が掛かるのよね。誰か飛べる魔族が協力してくれたらいいのだけど」


 そんな人のいい馬鹿はいないが、クナウティアは気づかない。バーベナは探りを入れるように口を挟んだ。


「聖女様なら、魔法をお使いになっては?」


「そんなの使えたら苦労しないわよ。私に出来ると思う?」


 大きく首を横に振るバーベナ。こんな鈍臭い人間が魔法を使えたら、周囲は大変だ。事実、今でさえ魔王城は大惨事なのだから。


 聖女が使うと言われる女神の奇跡が、魔王城内の魔道具の魔力と反発するのが原因だと判明したのは、今朝方のことだ。仕方なく人化できる魔族が「人間用」の道具を調達しに、セントランサスの小規模な街へ降りていた。明日には戻るだろう。


 道具が揃うまで、城の家具に触らないよう言い聞かせられたクナウティアは、退屈を紛らわす読書も出来ない。そこで暇を持て余して、余計なことを考え始めた。


「ご家族を呼びたいのですか?」


 自分が囚われの身だと自覚がないクナウティアは、バーベナに勢いよく頷いた。


「だってここは最高よ。ご飯美味しいし、バーベナみたいに親切な人もいるし、魔王様だって優しいじゃない。私がいろいろ壊しても許してくれたわ。それに広くて綺麗なお部屋もあって、庭も薔薇が綺麗よ。お母様やお父様に見せたい。お兄様にも会いたいし」


 にこにこと語るクナウティアに悪気はない。しかし家族と離れて寂しいと嘆く姿に見えて、バーベナはそっと涙を拭った。やはりまだ子供なのに、聖女に祭り上げられて搾取されてきたのだ。幼い外見のせいで同情を誘っていると知らず、クナウティアは両手を組んで女神に感謝する。


 今日も平穏無事に過ごせました。明日は家族に会えますように。


 魔王城の端と端に分かたれているものの、親友一家と次兄が一つ屋根の下にいる。気づかない聖女は、女神ネメシアに今日の祈りを捧げた。


 笑い転げる女神の腹筋は、連日の激務にその強度を試されていた。

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