66.奇妙な人間へのもてなし
空き部屋は居心地が良く、きちんと整頓されていた。壁際にいくらか物が積んであるが、部屋の広さは4人が一夜過ごすには十分だ。
「うん、里とは違うけど……いい人たちみたいだな」
満足そうに頷くニームに、セントーレアの父が声をかけた。その表情は心配に曇っている。
「だが、先ほどの門番さんは鱗があったぞ。後から呼ばれてきた人も角があったし」
「個性豊かな人たちでしたね」
全然気にしないニームの様子に、顔を見合わせた男爵夫妻は窓の外に目をやった。きちんと手入れのされた庭は整えられ、1階の部屋の前は石畳が敷かれている。そこへ馬車を繋ぐ許可までくれたのだ。確かに破格の対応だろう。
親しんだ領主アルカンサス辺境伯家であっても、外部から来た旅人を泊めたりしない。身元をきっちり証明して、宿を紹介してもらうのが精々だった。そう考えたら、すごく恵まれた環境のような気がした。
「煮炊きすると迷惑だし……今夜は携帯食にして、朝から出発して里に昼頃着くといいね」
そうしたら昼ご飯は温かい食事が取れる。あっけらかんと前向きな発言をするニームが、道を見失って魔法陣で遠くへ飛ばされたとは誰も理解していなかった。頷きあい、彼らは荷の一部を解く。硬い干し肉を引っ張り出し、ニームは慣れた手つきで解し始めた。
隣で興味深そうに見ていたセントーレアも挑戦するが、すぐに指が疲れて休んでしまった。
「慣れてるのね」
「旅をしてると煮炊きできない日も多いんだ」
にっこり笑って、セントーレアが放り出した干し肉を解して、鍋に放り込んだ。魔法で温めても構わないだろうか。父母は魔法が使えることを隠せと言うが、将来のお嫁さんだし……問題ない。
鍋に手をかざし、熱を送り込む。すぐに沸騰して、細切れの肉が踊り出した。乾燥野菜を追加し、味付けの塩を少々……そこで廊下に続くドアがノックされた。
「はい!」
先ほどの人か? 世話になるのだし、愛想よくしようとニームがドアを開くと、数人? いや、数匹の犬が入ってきた。驚いて、促されるままドアを開いて立ち尽くす間に、テーブルセットが運び込まれる。廊下に置いた荷物を次々と運ぶ彼らは、大型犬サイズなのに力持ちだった。しかも犬なのに2本足で歩く。
「この……犬? いえ、人たち?」
何かしら。そう問いたいセントーレアの母が、首をかしげながら言葉を探す。机を貸してくれるのに、犬呼ばわりは失礼だ。しかし人と呼ぶには毛深すぎた。耳や尻尾もあるし、手足の形も犬で……顔も間違いなく犬である。
「陛下のご厚意です。お使いください」
ぺこりと頭を下げる犬人に、ニームは「ありがとうございます、とお伝えください」と応じた。見ると旅行用の簡易ベッドまで用意されている。丁寧に挨拶を返したニームに、犬人が外を指さした。
顔を覗かせると、次は鱗と翼のある人々が料理を運んでくる。あっという間に並んだ料理を前に、セントーレアが目を輝かせた。
「ご馳走よ! 注文しなくても出てきたわ! ありがとうとお伝えくださいね」
くるくると踊り出しそうな足取りで礼を告げ、スカートを摘んで会釈をする。セントーレアやニームの対応に驚きながら、魔族は引き上げた。
「なあ……あの部屋の人間おかしいぜ?」
「聖女も変だし」
「最近の人間はあんなのばっかか?」
「だとしても、油断はできねえな」
犬人と鱗のある魔族は顔を見合わせ、まだ信用できないと頷き合った。
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