65.迷子は避難経路を逆走する

 両親が向かっているとも知らず、家族はばらばらに末娘のいる魔王城へ集う。巫女から預かった言霊を運ぶ父母を追っていた次男は、盛大に道に迷っていた。探しに来た同族とすれ違ったことで、森の迷路に入り込む。


 両想いだが互いに告げていないため、初々しく握った手で赤面する2人を見つめるセントーレアの父母も、まさか彼が迷子だと思わなかった。徐々に荷馬車は夕日が沈む方角へ向かい、途中で仕掛けられた罠にはまる。人間にとっては最悪の罠だが、辺境に住む魔族には救いだった。


 魔王城の正面へ転送されるゲートを、荷馬車は踏んだのだ。馬車に手を触れていたニームも、手を繋いだセントーレアも一緒に飛ばされる。目の前が暗くなり、今度は明るさを取り戻した目の前に城があった。おどろおどろしい感じはなく、手入れのされた石造りの城は豪華だ。華美さはなく、どっしりした存在感があった。


「すごい、おじさまが言ってた里ってお城なのね?」


「え? 多分、違う」


 幼い頃の記憶なのではっきりしないが、もっとこう……山村といった素朴な風情だった。しかし十年以上前の記憶だし、もしかしたら城を築いたのだろうか。首を傾げ、城門に近づくと中に薔薇が咲いていた。香りが届くのに姿は見えない。


 嗅ぎ慣れたハーブの爽やかな香りもあるため、気持ちが落ち着いた。ここが里ではなくとも、ひとまず城門前で野営する許可をもらう必要がある。門にある鐘を叩こうとした手を、横から掴まれた。鱗のある姿にセントーレアは目を丸くし、両親は絶句する。


 どうみても魔族だ。それも鱗に覆われた槍を持つ……強そうな男だった。


「あ、すみません。お城の方ですか? 道に迷ったので、野営させてもらいたいですが」


「なんだ、こいつ」


 唸るように口を動かした魔族は、わかりやすく顔を顰めた。奇妙な人間を排除しようと考えたのか、槍をしっかり握り直す。突き付けられたニームは、申し訳なさそうに会釈した。


「煙とかお邪魔にならないよう、携帯食にしますし。出来るだけ静かにしますからお願いします」


 普通に対応するニームに毒気を抜かれた魔族へ、城門の中から声がかかった。


「誰か逃げてきたのか? ならば……っ、人間?!」


 夜空を切り取ったような長い髪と、不健康に青白い肌の青年がびくりと肩を揺らす。見開いた目は髪と同じ紺か黒だろう。特に整っているわけではないが、不細工でもない。どこにでもいそうな外見の青年に、鱗の魔族は膝をついて敬意を示した。


「魔王陛下、この者らが迷い込んだようで……」


 対応を決めてくれと促す門兵に、魔王シオンは「うーん」と唸った。人間に追われた際に使用させる目的で森に設置した魔法陣に反応があり、様子を見に来たら使用者が人間だった。これは想定外だ。何か対策を考えなくてはならない。


「仕方ない。ネリネ!」


 側近を呼びつけると、ネリネは機嫌悪そうに書類片手に現れた。どうやら事務処理の真っ最中だったらしい。報告書と記された文面に、聖女の所業がずらりと並んでいた。クナウティアがやらかした城内の破壊行為の後処理だ。書類は嫌いだと押し付けて逃げた魔王が、城門の外を指さした。


「陛下、あの聖女の後片付けを私に押し付けて何を……おや、珍しい者がいますね」


 人間が4人も……? 不思議そうな側近へ、魔王シオンは端的に言いつけた。


「これらを明日まで保護しろ」


「はぁ……」


 また奇妙なお遊びを始めたのですか。呆れ顔の側近を置いて、夜の散歩を継続するためシオンは踵を返した。城主の許可が出たため、4人と荷馬車は城門の内側へ招き入れられ、角の空き部屋を借りる事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る