64.リクニスの血族の娘
鎮守の森の奥にある小さな集落で、ルドベキアは長への面会を申し出た。久しぶりに帰ってきた同胞の厳しい表情に、村人達は怪訝そうに首をかしげる。
ミューレンベルギア――リクニス一族の尊敬を集める巫女は、夫である
大量の魔力を内包する身体は自己再生に優れ、加齢による老化すら治癒する。そのため外見は若いまま齢を重ねるのが、ミューレンベルギアの特徴だった。人間との交流をやめて、リクニスが森に引き篭もった理由がここにある。
セントランサスの隣国ユーパトリウムの8代前の国王は、リクニスの魔力に目をつけた。圧倒的な魔力を継承する一族を王家に取り込もうとした。手っ取り早く、巫女ミューレンベルギアを妻に娶ろうと、一族を罠にかける。あっさりと退けたミューレンベルギアは、人の欲望にほとほと嫌気が差した。
今後も狙われ、まだ幼い子供達が拐われることを危惧した彼女の願いを受け、一族は隔絶された森の奥に自ら引き篭もったのだ。強大な力を持つ魔術師を失い、ユーパトリウム国は一気に衰退した。
魔法の知識や能力は薄れ、やがて魔力を持つ子供が生まれなくなったのだ。すべては愚王に対する報いだった。リクニスの血族が幻と呼ばれるのは、彼や彼女らが表舞台から姿を消したことにある。
「久しぶりだ、ルドベキア」
「お元気そうで何よりです。ミューレンベルギア様、お願いがございます」
「わかっている」
言葉を切ったミューレンベルギアが、様子を窺うリクニスの血族に語りかけた。
「我らの血族の娘が、魔王殿に拐われた」
「なんですと!」
「……魔王が蘇ったのか」
「娘? リナリアはいつ生んだの?」
リナリアが3人目を生んだことを知らなかった者も多く、驚きの声が上がる。村びと達は顔を見合わせた。だが魔族に対する怒号や怒りはない。心配に顔を曇らせるより、驚きの声が多かった。
「どうされるのです?」
「魔王殿と話してからだ」
話し合いによっては、人間より魔族の味方をする。そう告げる巫女に、村びと達は無言で同意した。魔族が味わった屈辱や怒りを知るから、リクニスは勇者一行の味方をしない。賢者がもつ魔力は、世代を経るごとに弱まっていた。
ミューレンベルギアのヴェールが風に揺れる。顕になった顔には、大きな傷痕があった。己の顔を掻き毟ったような、3本の爪痕により目蓋は伏せたままだ。
「魔王領への使者は、誰が立つ?」
「私が参りますわ」
リナリアが名乗り出ると、誰もが納得する。幻術を扱う腕は、一族の中で最上級だった。魔族
「俺も行こう」
ルドベキアである。その武術の腕はさることながら、魔術に関しても一流だった。
「よかろう、そなたらに言霊を託す」
ミューレンベルギアの判断が下り、村びとはにわかに活気付く。沈黙し続けた魔術師の一族リクニスが、ようやく動き出そうとしていた。
一族の後ろ盾を得て、クナウティアという娘を守るために。
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