63.聖女の価値と利用方法

 謝罪に価値があるのは、それによって同じ行動を防いだり、被害者の気が済むからだ。しかし彼女の謝罪に何の価値を見出したらいいのか。壊された城は直らないし、周囲の冷たい目も厳しい。溜め息をついたネリネは、聖女クナウティアを持て余していた。


 外交的な理由がなければ、彼女を魔王城から捨てたい。いっそ魔族らしく彼女を殺してしまおうか。そうすれば、新たな勇者の召喚も出来なくなる。しかし聖女を殺す結末は以前に試した。


 魔王が無事な状態で聖女が死ぬと、新たな聖女がすぐ選ばれる。彼女らによって勇者が2人召喚された時代があった。あれは魔族にとって最悪の事態で、かなりの同族が蹂躙され殺されたのだ。悲劇を招く可能性が高い以上、現時点で聖女を殺す選択肢は選べなかった。


 大切なのは、主君シオンが穏やかに過ごせる日々だけだ。


 目の前で薔薇に手を伸ばす少女に罪はない。いや、人間であることが既に罪なのだ。この子を死体にして送り返したらどうなる? 人間を滅ぼすと決めたのだから、手を汚す覚悟はあった。


 手を伸ばしたネリネの手が小麦色の肌に触れる直前、クナウティアは薔薇を1本手折った。棘に気をつけながら摘んだ白い花を見せようと振り返る。伸ばしたネリネの指先に薔薇がかすめ、棘がちくりと刺さった。首を絞めようとした指を咎めるように。


「あっ」


 クナウティアが慌てて薔薇を離した。花弁を散らしながら薔薇が石畳に落ちる。立ち上がってポケットから取り出したハンカチで、血の滲む指に巻きつけた。手際良く巻き終えると、困ったような顔で頭を下げる。


「ごめんなさい。余計なことして、ケガをさせたわ」


 城の魔力と反発する彼女のために調達させた、人間が使う綿のハンカチがじわりと血を吸い取る。滲んだ赤を覗き込んで、ハンカチごと包んだ彼女の手が光った。


「早く治りますように」


 ふわっと温かな光が満ちた直後、ちりちりした肌の表面に違和感を覚える。クナウティアが巻いたハンカチを解き、傷口を確認すると棘の痕跡はなかった。


「あれ? 魔族の人って治るの早いんですね」


 良かったと無邪気に手を叩くクナウティアの顔を食い入るように見つめ、ネリネはにっこり笑った。


 ――なるほど、聖女の価値と利用方法がわかりました。これは多少の反発を抑え込んでも、手元で利用する方がいい。作った笑顔でクナウティアに「手当て、ありがとうございます」と声をかけた。


 魔族の中に彼女を取り込んでしまおう。聖女クナウティアに宿る女神の加護と治癒は、魔力とは別の力だ。これが魔力と反発する原因だった。ならば彼女を魔力で染めればいい。


 魔族のために力を使う、闇に染まった聖女を見たら、賢者や勇者はどうするのでしょうね。真綿で包んで優しく、温かく守ってあげますよ。あなたが魔族を同族だと思い込むほど……離れがたいと泣くほど、大切にします――役立つ間は。


「肩が冷えたようですね。中に入りましょう」


 片付け終えた部屋の中の調度品を交換させよう。彼女が過ごしやすいように、どこかの人間の屋敷から譲り受ければいい。手配するよう侍女に命じ、ネリネは貼り付けた笑顔でクナウティアをエスコートした。

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