62.聖女は魔王城を破壊する
「ネリネ様、またあの子が」
「あ、こっちもです! 被害が出て」
「なんとかしてください!」
噴出する対応要求に、ネリネは頭を抱える。報告書がここに山ほど積まれているのに、彼女はさらに被害を拡大中なのか!
「陛下はどちらに?」
こうなったら報告書や処理書類は私が片付け、その間に魔王陛下に対応してもらおう。彼女もあの方が相手なら大人しくなるはず。そう思って尋ねたネリネに、爆弾が落とされた。
「さきほど、聖女を止めようとして吹き飛ばされました」
その後は分からないと言われ、侍女ともども溜め息を吐いた。魔王シオンがケガで動けない心配はないが、おそらくバツが悪くて出て来られないか。またはクナウティアの相手が嫌になって逃げたのだ。
仕方なく立ち上がったネリネは、聖女クナウティアがいるであろう階下へ向かった。
バカと何とかは高いところを好むというが――上昇志向が高い魔族も高い場所が好きだ。そのため偉くなるほど上階を使うようになる。宰相の執務室は上から3階降りた場所なので、クナウティアがいる1階は遠かった。
面倒なので歩かずに、螺旋階段の中央を落下する。螺旋を描く階段の中央を開けたのは、降りる際に便利だとシオンが主張したからだ。翼のある種族に上位実力者が多いこともあり、その案はあっさり許可された。
魔力で落下速度を調整する者もいるので、作ってみれば意外と便利で多用している。降りた先で床に足をつけ、溜め息を噛み殺しながら歩いた。左の壁にあった絵画は破れ、足元の絨毯は焦げている。すべてクナウティアの失敗だった。
乱暴にココココンとノックして、返事の前にドアを開いた。中で正座するクナウティアが、泣きそうな顔で俯く。悪いことをした自覚はあるし、失敗したのは理解していた。それにより魔族のみんなに迷惑をかけた自覚もある。
家にいた時にできた事が、ほとんど出来なくなっていた。この辺は魔力の有無が関係する。魔族は息をするように魔法を使うため、すべての調度品が魔道具だった。魔王城内にある道具はとくに魔力を必要とする。
そんな城で、人間であり魔力がほぼゼロに近いクナウティアが何かすると、爆発したり暴走する。散歩の帰りに絨毯で転んだら燃え上がり、絵画を見上げたら破けたらしい。さきほど処理した報告書の中身は、監視役の魔族から上がったので間違いない。ならば彼女に魔力以外の力が宿っている可能性が高かった。
「一度外へ出ましょう」
「でも……」
さっき庭へ出られるテラスの扉を壊しちゃった。そう呟くまでもなく、扉の枠が砕けてガラスが割れている。片付ける侍女が苦笑いした。
「外にいてください。あとでお迎えに行きますから」
侍女バーベナに言われれば、クナウティアも反論できない。食事の際の食器やカトラリーが人間用だったので、今まで発覚しなかった。城や魔族に慣れた彼女が出歩くたび、何か騒動が起きる。魔力は感じないため、困惑していた魔族も薄々気づいていた。
――この子は、何かおかしい。
ネリネに促されて庭に出たクナウティアは、近くにある薔薇を1本手折った。庭で騒動を起こさないため、ここ数日の日中は外へ出される聖女は「ごめんなさい」と謝った。
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