61.烏合の衆は萎みやすい

 決起する人々が集まる。王都の外、街道沿いの小さな砦は人が溢れていた。女神の選んだ聖女を取り戻し、武に長けた勇者と知に優れた賢者を支える――使命や功名心に燃える者達が武器を手に集う。


 魔王城への突撃を決意した彼らの見送りに、母や妻子、恋人達が駆けつけて大騒ぎだった。アルカンサス辺境伯も今回の遠征に参加予定だ。それに加えて、近隣諸国から有名な将軍や王族が参加を表明していた。


 いつもなら日和見して動かない国々も、セントランサスの王宮襲撃事件は驚いた。自分たちの国が襲われたらと危機感を覚える人々は、目が血走っている。もう魔族の襲撃は地方の他人事ではないのだ。


 目の前に迫った脅威として捉えた各国は、一時的に協定を結んだ。他国へ侵略しない取り決めは、破った国を集中攻撃する条項が盛り込まれる。抜け駆け禁止のためだ。


 同時に、他国には思惑があった。聖女の子供が聖女に選ばれるわけではなく、セントランサス国にしか生まれない。ならば聖女を救い出して妻に娶る方法も有効なのではないか? 他国に対して外交的に使えるカードとして、聖女奪還に力が入った。


「危険だな」


「烏合の衆とは、よく言ったものだ」


 あれこれ誤解が解けたセージとリアトリスは、並んで砦に集まった人々を見ていた。迎撃用の銃座の穴から覗いた2人は、壁に寄りかかって崩れ落ちる。


 数の暴力という言葉もある通り、魔王城へ攻め込む兵は必要だ。問題は統率が取れないことだった。自国の民ならば王子であるリアトリスの制御が利くだろう。しかし他国の王族に命じるのは難しく、別国の将軍を顎で使うわけにもいかない。


 国同士の力関係も絡んで、非常に使いづらい一団が出来上がっていた。


「これで勝てるわけないだろ」


 本音を吐き出したセージに、リアトリスは引きつった顔で頷いた。反論が浮かんでこない。下手をすれば魔族と戦う前に、内側から崩壊しそうだった。


 事実、隣り合う領地問題が拗れた国の将軍と公爵が睨み合っている。溜め息をついたリアトリスが口を開きかけたとき、空に影が走った。


 俯いた彼らの足元の石床を、翼のついた大きな影が横切る。慌てて顔をあげたセージが呻いた。


「魔族か」


 ひらりと塔の先端に舞い降りたのは、1匹のドラゴンだった。尻尾を器用に塔に絡み付けてバランスを取り、ドラゴンは口上を述べる。


「我らが君主、魔王陛下は聖女を手にしている。勇者がよべない以上、貴様らに勝つチャンスはない。潔く降参せよ。さもなくば、人間など滅ぼしてくれる」


 いわゆる宣戦布告と降伏勧告が、一緒に降ってきた形だ。聞いた人の反応は別れた。降伏したら死ななくて済むかもしれない。しかも聖女はまだ生きている。ここは一度引くべきでは? 


 戦いを強行しようという者より、困惑顔の者が半数以上を占めた。いままで魔族を見つけたら、即攻撃だった。だから彼らが自分たちと同じように話し、対話できる可能性を模索したことはなかった。


 もしかしたら、魔王は対話する気かもしれない。今更だが、人間も変わろうとしていた。

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