第2章 目覚めた魔王の決断

40.敷かれたレールは飽きた

 大きな城は蔦に覆われていた。深い森の奥にある城の外壁に伝う蔓植物は窓や扉の上も覆い隠し、長い年月人が出入りした痕跡はない。その城の中で、退屈を持て余す青年は溜め息をついた。


「いかがなさいました、シオン様」


「……暇だ」


 側近の問いかけに、青年はぼそっと吐き捨てた。病的なまでに青白い肌は血の気がなく、黒に近い紺の髪は手入れを怠っているのか。長く床の上で蜷局を巻いた。切らずに伸ばした髪と同色の瞳孔は縦に割れ、獣のようだ。暗闇でほんのり緑を帯びて光った。


 鋭い切れ長の目が瞬き、再び溜め息を吐く。何もすることがなく、する必要もない。こんなことなら、目覚めるのではなかった。


 窓の外を塞ぐ植物の蔓に気づき、道理で薄暗いわけだと納得する。ちょっと寝たつもりが、数十年は経過していたらしい。眠る前は窓から光が入っていた。劣化の見られないカーテンを開けた先の暗さに、むすっとした顔で文句を言う。


「ネリネ、部屋が暗いぞ」


「魔法陣を仕掛けて、お休みになられた筈ですが?」


 記憶をたぐりながら、数十回目となる城の魔法陣を発動した。眠る前にセットされた空間保存の魔法陣は、敷地内の全ての姿を記録時に戻す。


 鬱蒼と茂る木々の枝は剪定され、庭のアーチを彩る薔薇は蕾を綻ばせた。城の外壁に這う蔦は短くなり、足元や窓枠に絡むのみ。埃で汚れた窓も磨かれた後の美しさを取り戻した。


「……我が目覚めたという事は、また女神が聖女を送り込むのか」


「間違いなく」


 おそらくは……その言葉を返していたのは数回だけ。それ以後は今の返答で統一されている。同じ言葉しか返らないと知りつつ、シオンはネリネに繰り返させた。


 これらがひとつの鍵なのだ。動き出す物語の歯車に手をかけ、魔王シオンはふと疑問を持った。なぜ興味もない人間風情の街を襲撃し、挙句、封印されねばならないのか。魔族の王でありながら、膿むほどに同じループを選ばされるのか。


「ネリネ、我は聖女を拐おうと思うが」


 驚いた顔をしたものの、参謀であり宰相を兼ねる有能な右腕は、すぐに考えを纏めた。


「試してみましょう」


 どんな戦法を使い、新たな魔物を増やし、戦力を増強しても女神が作る迷宮の中だ。抜け出せぬままリセットを繰り返した。


 魔王シオンが眠ると、魔族は全て封印される。魔力が少なく弱い魔物だけが世界に残され、人々に狩られてきた。魔王がいなければ、魔物は知能が低下するのだ。魔王の復活は魔族を蘇らせ、魔物に知恵を与える――世界を闇に落とす為に。


 人間達はその伝承を疑いもしない。だが、魔王であるシオンは世界を闇に落とす気がなければ、征服するつもりもなかった。


 毎回目覚めるたびに足掻くのは、同族の不遇をなんとか改善しようと願うから。今回はアプローチを変えて、魔王を封印する聖女が力を持つ前に接触してみよう。思いつきが、暇で飽きてしまう繰り返しからの突破口になることを願いつつ、シオンは目覚めた同族を集めるよう命じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る