39.おもてなしの重さに潰れる

 仲睦まじく並んで座る兄妹の姿に、侍女は己の妹を思い出す。クナウティアのように女神に愛された聖女ではないが、とても可愛がってきた。王宮の仕事に慣れるまで必死だったけど、次の休みは久しぶりに城下の実家に顔を見せに行こう。


 あんな風に両手を広げて呼んだら、幼い頃みたいに抱きついてくれるかしら。兄に抱きついたクナウティアの表情を思い出し、自分の妹に置き換えながら侍女は次の仕事へ向かった。


 その頃、別の侍女が運び込む食事を前に、クナウティアは目を丸くしていた。スープやサラダ、パンが並んだところまではわかる。肉料理が置かれ、魚料理が置かれ、続いて豪華なフルーツの盛り合わせが届いた。


「お兄様、これ……」


「ああ、多いな」


「食べられないわ。残したらお母様になんて言われるか」


 他所様で出された食事を残すなんて、お行儀悪い子に育てた覚えはないと叱られる。青ざめる兄妹の心配を知らず、さらに別の大皿が運び込まれた。


 王宮にしてみたら、陛下と敬称がつく聖女にできるだけ豪華な食事を振る舞おうと考えた。王族は大量の食事を並べ、それをお付きの侍女や執事が取り分ける。大皿から直接食べることはなく、手元の小さな皿に乗せられた分だけを口にして、残りを働く者へ施す考え方で育てられてきた。


 一般的な下級貴族の事情など、知るはずがない。過去の聖女の記録は古く、国王はクナウティアが貧乏男爵家の令嬢であることの意味を理解していなかった。育ちも考え方もまったく違う。だから侍従達にその点を注意できなかった。その違いが、彼女らとの間で溝を深くする。


「あの……ご飯が」


 多過ぎる。そう告げようとして、何と説明したらいいか迷ったクナウティアが眉を寄せる。考え込んだ彼女の仕草に、侍女達は焦った。もしかして嫌いな食べ物が混じっている? それともこの程度の量しか出さない気かと怒ってるのかも!


 他国の王族を招待した際、食べ切れないほど並べるのが礼儀の国があった。そんな過去を思い出し、侍女長に相談しに数人が足早に部屋を出る。


「食事のお世話はいかがしますか」


 これを尋ねるのは、彼女らが傅かれることに慣れない貴族であることへの心遣いだった。私室でのマナーを笑う気はないが、クナウティアが気にするかも知れない。この辺の気遣いを、食事の用意の前に利かせることが出来たら、もっと良かったのだが。


「いらないわ」


 説明を諦めたクナウティアが首を横に振る。隣のセージが侍女達に尋ねた。


「毎食、こんなに多いのですか?」


「はい」


 にこやかに頷かれたセージは顔を引きつらせ、クナウティアは青ざめた。侍女が下がった部屋は、10人前はありそうなご馳走が並ぶ。食べるのはたった2人――見るだけで食べる前から満腹の兄妹は、覚悟を決めて食事に挑んだ。


「お、お兄さ、ま……私、もう」


「無理、なら……やめろ」


「いえ、お兄様が……されるまで」


 途切れ途切れに漏れ聞こえる声は、衛兵や侍女達を困惑させるに十分だった。

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