32.妄想という暴走の赴くままに

 お茶菓子を運び込むメイドに、他のメイド達もお茶や手触りの良い毛布を手に集まる。メイド達のお茶会は夜に開かれ、深夜に人目を忍んで解散するのが習いだった。今日の集合部屋は、もっとも奥まったメイド達の角部屋だ。誰かに聞かれる心配がない、一番奥の部屋は彼女らの「秘密の小部屋」と呼ばれていた。


 派手に灯りを付けると屋敷の警備に見つかるため、彼女らは持ち寄ったシーツで部屋の窓を塞ぐ。カーテンを閉めた上からシーツで目張りされた室内で、蝋燭が頼りない灯りを揺らした。


「お茶会を、始めましょうか」


 にっこりと笑う黒髪のメイド、この屋敷のパーラーメイドである。文字通り来客の案内や取次を仕事にしており、本日の客人である聖女の案内も行った。あの部屋で直接見聞きした重要参考人なのだ。彼女が今日のお茶会の主催となる。


 ゆらゆらと隙間風に揺れる蝋燭の火が、メイド達の笑顔を下から照らす。外部から見ることが出来たなら、お茶会というよりサバトのようだった。木製の机に乗せられた菓子やお茶が、まるで供物そのもの。丸い木製テーブルを囲み、女性達は今日も持ち寄った話題で盛り上がった。


「今日いらしたお客様、聖女様とそのお兄様だったんだけど……」


「お見掛けしたわ。聖女様は清楚で可憐な感じだけど、お兄様は何というか……色っぽい方だわ」


 うっとりと甘い吐息を吐いて妄想を膨らませるのは、ハウスメイドの茶髪女性である。そばかすが残る彼女は、頬を両手で包んで豊かな胸を揺すった。


「そうなの。聖女様がお兄様と一緒にいたいと仰られて……まだ幼い感じのご令嬢ですもの、当然ですけれど。その時に旦那様が『お世話をしたい、後見もする』とお兄様を口説かれていたわ」


「「「きゃぁああ」」」


 声量は控えめながらも、歓喜の声があがる。くすんだ金髪のレディースメイドは、女主人付きのため今回の客人を見る機会に恵まれなかった。その分妄想は膨らみ、話題への食いつきが激しい。


「なんてお答えになったの?」


「それが『お世話になります』って、少し戸惑いがちにお答えだったわ。聖女様に『俺が守る』と仰ってたから、今夜は身を呈して妹君を守られるおつもりよ。今頃ベッドかしら、それともまだお風呂?」


「やだわ! 生々しい。でも明日のベッドメイクが楽しみになっちゃう。シーツが乱れてたら、私鼻血が出そうよ」


 主家の私室や客室の清掃が専門のチェインバーメイドは、興奮を抑えきれない様子で赤茶の瞳を細めた。口元が自然と綻んでしまうのは、妄想の結果である。


 4人のメイド達はそれぞれに想像と妄想を逞しく膨らませていたが、ふと気づいて疑問を呈したのはレディースメイドだった。


「ねえ、ところでどちらが上だと思う?」


「もちろん旦那様よ」


「え? お客人でしょう?!」


 ここから好みがわかれ、夜遅くなって見回りのハウスキーバーに叱られるまで、未婚の女性が口にするのも憚れる内容の上下関係についての議論は白熱した。


 なお、翌朝チェインバーメイドが浮かれながら向かった主寝室は、確かにシーツが寝乱れていた。その夜もお茶会が開催され、主人のプライベートを妄想したのは言うまでもない。外部へ情報を漏らすことはメイド失格だが、身内で共有するのはギリギリセーフ。彼女らの妄想は逞しかった。


 レディースメイドは女主人の首筋に残る赤い痕跡に気づくことなく髪を結い、気だるい様子の奥方の世話を甲斐甲斐しくこなした。腐った妄想で満たされた彼女が、夫婦の営みに気づくことはなかったらしい。

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