33.聖女保護の一報
アルカンサス辺境伯家を飛び出した早馬は、携えた紋章入りの手紙を胸に午後の街道を走り抜ける。夕暮れが近づく頃、ようやく王都の門を潜ったが、緊急事態のサッシュを掛けて都を馬で走った。
滅多に許可されない赤いサッシュを掛ける使者を遮ることは、国家の一大事である。夜の酔っぱらいが発生する時間帯ではなかったため、笛を吹いて危険を知らせながら走る馬の行く手を塞ぐ者はいなかった。この場合馬に蹴られたら、蹴られた方が罰せられるシステムだ。
緊急事態を最優先で知らせる使者を見送り、国民は表情を不安に曇らせた。もしかしたら戦争が始まるんじゃないか? 魔物が攻めてくるとか。そういえば、聖女様の選定があったと聞く。魔王がどこかで復活した報せじゃないか? 何もわからないからこそ、住民たちの不安は膨らんだ。
人々に不安の種をまき散らしながら、辺境伯家の使者は王城の門をくぐる。彼の胸元にしまわれた手紙は、希望の種を孕んでいた。選ばれて使者として駆けた青年は、辺境伯の部下の中で馬の扱いに長けた者だ。己の長所を生かして伝令に立った彼は、王家の執事に高らかに告げる。
「聖女様を保護いたしました。国王陛下へ、我が主君アルカンサス辺境伯より書状を預かっております」
任された誇りで頬を赤く染めた青年は、宰相と国王が待つ部屋に通された。封蝋が施された手紙を震える手で開いた国王は、ほっとした顔で椅子に沈み込む。隣の宰相が慌てて手を伸ばし、落ちそうになった手紙を回収した。
王都で行方不明になった聖女クナウティアが、城塞都市リキマシアの領主に保護された。安心できる報告に気が抜けたのだろう。珍しく姿勢を崩した国王は顔を歪ませ、笑みに口元を緩めた。
「女神ネメシア様に顔向け出来ないかと思ったぞ」
「王太子殿下を呼び戻された方がいいのではありませんか?」
「ああ。そうだ! 誰か、リアトリスを呼び戻せ。大至急だ」
国王の指示に、騎士が敬礼して外へ出る。扉の向こうで走る足音が聞こえても、不調法だと窘める者はいなかった。国王と並ぶ『聖女陛下』発見の一報を携えた騎士は、同僚と手分けして王太子を城に戻すべく走りだす。
「明日には聖女様をお迎えできますな」
「ああ、早朝に迎えの馬車を出すと連絡しろ。それからアルカンサス辺境伯家の使者は、しっかり労い休ませるように」
「かしこまりました」
アルカンサス辺境伯バコパへ向け、王城から騎士が使者に立った。到着は夜になるだろうが、仕方あるまい。王の親書を携えて馬を走らせる騎士は2人、危険を顧みず志願した彼らは夜闇に覆われた街道を走り切った。
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