25.街で尊敬される男爵家ですが
アルカンサス辺境伯バコパは、王都へ戻る王太子リアトリスに護衛をつけて送り出した。見送った屋敷の門から城塞都市の街並みを眺めて眉をひそめる。
王太子リアトリスが連れていた騎士ガウナの腕は悪くない。身のこなしもそれなりに洗練され、無駄がなかった。ならばあれほどの手練れを、簡単にあしらうことが出来る者が市井にいるのか。
ガウナが油断したとは思わない。彼は護衛対象の王太子を門に残して女性を追った。あの場と状況で王太子より優先すべきは、聖女だけだ。聖女か、または彼女によく似た人物を追いかけたと考えるのが妥当だった。
ガウナは素直に謝罪したが、一部言葉を濁した。それは追いかけた女性に関する部分なのではないか? 主人である王太子に話せない内容、その一点が引っ掛かった。
髭を剃った顎を撫でながら、バコパは唸る。その悩み深い様子に、部下が声をかけた。
「何か懸念がございましたか」
部隊長を務める彼が選んだ兵士が、王太子の護衛についた。その選択に何か不備があったのかと心配になる。部下の懸念を払うように、バコパは首を横に振った。
「いや、なんでも……妙なことを尋ねるが、リキマシアの市井で強い者を知らぬか? 騎士を倒せるような……いるはずないか」
自分で尋ねておいて、バコパは否定した。そんな強者がいれば、兵も知っているだろうと口にした。だが馬鹿な質問をしたと自分で打ち切る。強ければ騎士になるのが一般的で、名誉でもあるのに市井にいるわけがない。
「います」
あっさり部下は肯定した。それも至極当然で、誰もが知る事実であるかのように。驚いて目を見開くと、部下は少し左側の一角を指差した。
「あちらですね。旅商人をする男爵家があります。そこの男達は非常識な強さで有名でして、彼らの留守に忍び入った強盗も、奥方が浅い鍋や桶で撃退したとか。街中で知らない衛兵はいませんよ」
「……そんな者がいたのか」
「引ったくりを捕まえてくれた方々でしょう?」
「俺の時は飲み屋で暴れたならず者を取り押さえてもらった」
護衛に立っていた別の兵士の声に、周囲からも似たような言葉が聞こえた。街に迷い込んだ魔獣を素手で倒しただの、戦に出て手薄な街を狙った強盗団を殴り倒しただの……とんでもない武勇伝がこぼれる。
「だが、それほどの功績を挙げたなら、なぜ私が知らないのか」
留守中の出来事は報告を受けているが、それほどの話であり街を守った功労者なら、聞いたことがないのはおかしい。すると部隊長は歯切れが悪くなったが、最終的に前置きしてから白状した。
「あの家の主人であるルドベキア殿が、功績は俺らの手柄にしていいと仰るんです。今の生活を続けるために目立ちたくないそうで、旅商人を楽しんでいるようでした」
ただ街中の人々は男爵家の功績を知っていて、肉の値段を少し安くしたり、娘がドレスを作ると云えば絹やリボンを融通するらしい。そんな細やかなお返しにも、彼らは驕ることなく礼を口にするという。
高潔な騎士の鑑ではないか!
「ぜひ我が軍に召抱えたいものだ」
「それはおやめになった方が……間違いなく断られます」
苦笑いした部隊長は、すでに何度も街を守る衛士の仕事を打診して、一蹴されてきた。高待遇どころか、自分の地位を譲ってもいいと言っても断られたほどだ。
「本当に素晴らしいご家族ですよ」
家族構成などを語りながら、部隊長は尊敬の眼差しで男爵家のある方角を見つめた。
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