24.聖女の父の心境は複雑で

 あまり眠れなかったので、少し休むことにした。それは父や兄も同じで、久しぶりに父のベッドに潜り込む。なんだか甘えたくなったのだ。煙草や酒の臭いがついた髪は、軽く洗っておいた。まだ少し臭う気もするけど、今はとにかく眠い。


 兄ニームが送っていくこととなり、セントーレアは隣の隣にある自宅へ帰った。要領のいい次男であるニームは、セントーレアの両親を上手に説得するだろう。昨夜の外泊は、それで許されるはずだ。説教くらいされるかもしれないわね。くすっと笑って、父の腕枕に頬擦りする。


「どうした、眠れないか?」


「ううん。久しぶりだなと思って」


 父と一緒に寝ると言ったら、洗濯物を抱えた母に苦笑いされた。兄セージは「羨ましいね」と言いながらクナウティアの髪を撫でる。家族に認められている、存在を許され、愛されている――その自覚は、クナウティアの芯だった。


「ティア、あのサルビアという女性のところへ遊びに行ってはいけないよ。もうお礼はしてあるし、二度と足を運ばないと女神ネメシア様の名に誓ってくれ」


 うとうとしていた意識を呼び起こされ、クナウティアは大きな若草色の瞳を瞬く。何を言われたのか、噛み砕いて理解した。


「どうして?」


「彼女達は夜の仕事だろう? だから遊びに行くのは迷惑になる。それとこの話を人にするのは良くない。ネメシア様の名にかけて、昨夜の話は秘密だ」


 理由がわからない。納得したくないけれど、父が私のためにならない事を言い聞かせたりしない。だから釈然としないながらも、クナウティアは小さく頷いた。


「わかったわ。昨夜の、馬車から飛び降りた後の話は誰にもしない。ネメシア様に誓うわ」


「いい子だ」


 ちゅっと額にキスをもらい、浮かんだ疑問は眠気とともに闇に溶けていく。褒められ嬉しい気持ちが、ふわふわとクナウティアを眠りへ導いた。


 眠りに落ちた娘のピンクブロンドを撫でながら、ルドベキアは溜め息をつく。この子が女神の薔薇色の髪で生まれた日から、いつか奪われるのではないかと怯えてきた。教会に目をつけられないよう、城塞都市の奥に居を構えたのも彼女を守るためだ。


 貧乏男爵家だからと社交界も断り、彼女を大切に箱入りで育て上げた。しかしもう隠しておけないだろう。教会で聖女の選定を受けてしまったなら、二度とこうして抱きしめて眠る日はこない。


 聖女になんて、なって欲しくなかった。栄誉だと喜ぶ親もいるだろうが、可愛い一人娘に苦労させたい親がどこにいる?


 この国の聖女は魔王を倒す旅に出る。聖女が見つかるということは、すなわち魔王の復活を意味した。強大な敵と戦うため、クナウティアは痛みも苦しみも抱えて強くなる事を強いられる。


 まだ16歳になったばかりの幼い我が子に、命懸けで戦ってこいと言いたくなかった。ルドベキアの脳裏に浮かぶのは、セントランサス国の現在の情勢だ。周囲を小国に囲まれたこの国は、常に危険に晒されてきた。


 当代の賢者は魔法の力に特化した王太子が選ばれるだろう。ならば第二王子が王太子となり、第一王子を賢者として魔王討伐に派遣するはずだ。


 魔王を倒せるのは、異世界から召喚される勇者、王侯貴族がもつ魔法の力が強い賢者、女神ネメシアに愛されし聖女だ。勇者の召喚はもう始まったのか。だとしたら、なんとしても聖女につく騎士へ我が息子達を潜り込ませなくてはならない。


「ん……ぉいしい」


 食べ物の夢を見ているらしい。クナウティアの小さな寝言にこわばった表情を和らげ、ルドベキアは目を閉じた。何にしろ、今すぐに出来るのは体力の回復だけなのだから。

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