23.ひとつ解けても新たな誤解の種

 さすがに娼館に泊まったなど、家族であっても聞かせられない。妻リナリアが聞いたら倒れてしまうだろう。ルドベキアは曖昧にぼかした言い方で誤魔化した。


 王宮へ向かった話は父も神官に聞いた。その後すぐに合流できたのは、まさに女神ネメシアの御加護と喜んだが。泊まった場所が悪い。何もなかったと言う娘を信じているが、それでも外聞が悪すぎた。


「教会から王子様の馬車で移動したわ。豪華な馬車で、すっごく優しく(クッションに)包むように抱き締められたの」


「(膝に)乗ったのか?」


「(王家の馬車に)乗ったわ。逆らえないし」


 一つずつ誤解が解けると、また新たな誤解が広がる。この世界はどこまでも女神ネメシアを楽しませてくれた。今度の聖女は大当たり、と退屈嫌いのネメシアが笑ったのは、人間達の預かり知らぬ話である。


「家に帰してくれる約束なのに、王宮へ連れて行かれそうになって、怖くて逃げたの。足が痛くて荷馬車に乗り遅れてしまったわ。でも王子様は飛び乗ったみたい」


「……王子様が荷馬車に?」


 なぜそうなった。兄ニームの疑問に、セントーレアが首をかしげながら答えを返す。


「もしかしたら、私がティアの帽子を持ってたから追いかけてきたのかしら? あの騎士もそうかも」


 今思えば、騎士ガウナは馬を連れて荷馬車に合流した。つまり王子を追ってきたのだろう。そう考えたら、突然追いかけてきたストーカーっぽい騎士がまともに思えてくるから不思議である。


「え? じゃあ倒す必要なかったな」


「構わん、ティアを迎えに行くのに邪魔だった」


 そんな身勝手な言い分で、父ルドベキアは騎士ガウナを切り捨てた。そもそも王族を警護する騎士ならば、簡単に一市民に倒されるなど恥だ。予備役よびえきという肩書はあるものの、正規の軍人ではない。


 父の言葉に、兄達も顔を見合わせ「それもそうか」と納得した。あんなに弱いくせに、騎士を名乗るのだから偽物か。貴族のボンボンだろうと辺りをつけた。


 実際はとんだ濡れ衣である。クナウティアの父と兄達が向かう森の向こうは、一般的な商人が向かわない危険な場所だった。そのために鍛えられた彼らの強さは異常なのだが、自覚はない。


「教会で縛られたと言ったけど」


「え? 私が見送った時はそんなひどい事されてなかったわ!」


 リナリアの心配そうな声に、セントーレアが憤りを被せた。自分が彼女を神官に引き渡したせいで、不当な拘束をされたと思ったのだ。眉をひそめて不快そうに呟く。


「誠実そうに見えても、神官も男ね。信用できないわ」


 教会への不信感が、この場でじわりと広がった。クナウティアはのんびりした口調で、その後を語ろうとするが、父ルドベキアは娼館の話を遮ろうと旅の土産話を始める。唐突な話題転換に、セージとニームが首をかしげるものの、旅から帰ったら話を聞かせるのは恒例行事だ。


 楽しそうな女性達の笑い声につられ、彼らは旅先で出会った人の話や見つけた珍しい土産の説明で盛り上がった。

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