20.すれ違いは会話だけでなく

 深夜の疾走に疲れた脚を引きずり、黒馬はぽくぽくと前へ進む。のんびりと歩く馬を引き、父娘は横を歩いた。久しぶりに会って話したいことがたくさんあるのに、何を話せばいいかわからない。


 いつもと違い、色々あり過ぎた。クナウティアにしたら「蔑まれる役目の聖女」に選ばれたり、「神官に縛られた」ことは口にできない。隠し事があるなんて、悪い子になった気分だった。


 父も複雑な心境で溜め息をつく。昨夜の迎えが遅くなったせいで、娘は娼館で一夜を過ごした。純潔かと尋ねたいが、そこは女同士、妻リナリアに任せた方が間違いないだろう。父親とはいえ異性だ。クナウティアが心に傷を負っていたら、俺は触れない方がいい。


 父は娘を、娘は父をそれぞれに気遣い、言葉を飲み込んだ。そのため互いに誤解している事実に気付けない。ここまですれ違うと簡単に解けなくなってしまうのだが、彼らに事実を知る由はなかった。


 黒馬は背に鞍のみを乗せて歩く。身軽になったため、たまに草を食みながらのんびりと進んだ。朝日だった太陽は頂上へ向かい、途中でクナウティアはパンを半分に千切る。


「お父様、これは今朝いただいたの。昨夜もパンとワインを頂いて、本当に有り難かったわ」


 無邪気に語る娘に、ルドベキアは馬の鞍にぶら下げた水袋を外す。渡せば、クナウティアはこくりと喉を鳴らして水を飲んだ。


「そうか、優しくしてもらったんだな」


 サルビアと言ったか。彼女に口止めを含めて多めに包み、娘のことを口外しないようメモを残した。きちんと伝わっていればいいが。


 父の懸念を知らないクナウティアは、硬いパンに挟んだ冷えたチーズにかぶりつく。その姿は旅に出る前に手を振って見送ってくれた、可愛い娘そのもので。別れを惜しんだあの日を思い出しながら、複雑な思いでパンを囓った。


 そんな親子の行く手から、土煙を立てて馬が5頭も走ってくる。邪魔にならないよう脇に逸れた親子は、馬の陰になり顔が見えなかった。すれ違う一団の1人が、馬の速度をわずかに緩めたものの、集団から外れる前に再び加速する。


「早駆けなんて珍しいわね」


「リキマシアは城塞都市だから、定期的に連絡網の確認と練習をするんだ。時期外れだが、訓練の可能性が高いな」


 早駆けの際は埃を吸い込まないよう、鼻から下を布で覆う。若そうな兵士としか判断できず、ルドベキアは無難な返事をした。有事には軍に徴兵される予備役である父の説明に、クナウティアは素直に感心する。


「へぇ、軍人さんって大変だわ」


「セージやニームも予備役だ。いざというときは、家やリナリアを守ってくれ」


 頷いたクナウティアは、優しい父の大きな手に頭を撫でられながら思う。絶対に聖女の役目についてバレてはいけない、と。悲しませてしまう。


 嬉しそうに笑う娘の曇りない表情に、きっと何もなかったと己に言い聞かせるルドベキアは、馬の様子を確かめてから跨った。


「よし、もういいだろう。ゆっくり歩かせるから乗って行こう」


「お父様、受け止めて」


 馬具の足掛けであるあぶみに、靴を引っ掛けて飛びついたお転婆娘を受け止め、ルドベキアは彼女を横向きに乗せ直した。膝の辺りまでめくれたスカートをクナウティアが直すのを待って、馬は手綱の指示で歩き始める。


「家に帰って、リナリアのスープを飲もう」


 黒馬はぽくぽくと蹄の音を響かせながら、のどかな街道を歩く。城塞都市リキマシアの門が見えていた。

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