21.家族の待つ家はあたたかく
城塞都市の外門をくぐれば、そこは見慣れたリキマシアの街が広がる。一番高い丘の上に建てられた砦に、今日もセントカンサスの国旗がはためいていた。
「さあ、急いで帰ろう。母さんが心配してるぞ」
「うん! スープが飲みたいし、旅の話も聞きたいわ」
先ほど、硬いパンとチーズを齧ったきりだ。スープで身体を温めて、母の作ったご馳走を食べたい。可愛い娘のおねだりに、ルドベキアは笑顔で頷いた。
悩むのは後にしよう。同時に似たことを考えるあたり、クナウティアとルドベキアはよく似た親子だった。黒馬は昨夜からの酷使に機嫌を損ね、ぶるぶると鼻を鳴らして帰宅を急かす。苦笑いして「わかった」と馬の長い鼻先を撫でる父が、手綱を引いて歩き出した。
隣を歩くクナウティアの足取りは軽い。あれほど帰りたかった自宅まで、あと少しだった。旅に出るのは仕事だとわかっていても、父や兄達がいない寂しさは募る。彼らが各地で見聞きした土産話が楽しくても、もっと一緒にいたいと願うのは家族なら当然だろう。
石畳の整備された坂道を歩き、奥にある自宅の前についた。閉ざされた扉を押した途端、庭の入り口で大きな声が響いた。
「ティア! よかった、無事で良かったぁ!!」
ただいまと帰宅の挨拶をする前に、待ち構えていた親友に抱きつかれる。首に回った腕がぎゅっと締めてきて、苦しさに「うぐぐ」と貴族令嬢らしからぬ声が漏れた。
「セレア、そんなに締めたらティアが落ちてしまうよ」
苦笑いして助けの手を伸ばしてくれたのは、頼りになる長兄のセージだ。セントーレアが慌てて手を離し、開放されて咽せる親友の背を撫でた。
「ごめんなさい、嬉しくてつい」
「げほっ、も、かして……知らせ、て……?」
苦しさから途切れて聞き取りづらい言葉に、セントーレアは大きく頷いた。ぽろぽろと涙を流し、せっかくの可愛い顔が台無しだ。
「う、私……ティアを、ごめ……なさい」
泣き出したセントーレアと抱き合う娘クナウティアを庭へ押し込み、ルドベキアが場を仕切り直す。
「ひとまず中に入って、食事だ! 折角だ、セレアも食べて行きなさい」
「ほら、おいで」
優しく促す母リナリアの腕にしがみついたクナウティアは、鼻水や涎混じりの涙を兄セージが差し出したタオルで拭きながら家に入った。次男ニームに肩を叩かれ促されたセントーレアも、渡されたハンカチで顔を隠しながら続く。愛馬を労うため馬を小屋に入れて、新しい藁で背を軽く擦ってやった。
息子達が用意した餌と水を貪る黒馬を褒めて、ルドベキアは妻や子供達が待つリビングへ足を向ける。湯気を立てる食事を前に女神に祈りを捧げ、全員が揃った食卓でスプーンを手に取った。
豪勢ではないが、味の濃い自家製野菜と土産の肉を入れたスープに口をつけた。ほっとする。いつもの味に泣いた少女達も頬を緩めた。
食後の一服で、セントーレアの他愛ない一言がきっかけとなり、絡まった誤解は驚く速さで解けていくことになる。まだ彼女らは知らない。王都では、国王が『聖女捜索隊』を大々的に組織していた。
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