19.奇跡的な再会なのに喜びづらい
一晩中、教会の門を叩き続けたルドベキアは苛立っていた。王都の中央教会が、門徒を閉め出すのは理に合わない。このまま門を壊すことも考えたが、このセントランサス国は女神ネメシアの加護で成り立っていた。その教えを体現する教会を破壊すれば、この国に住めなくなるだろう。
「いっそ、他国へ移るか」
父は頭の中で計算する。この国にこのまま残って、可愛い一人娘を神官の玩具にされるのを見過ごすか。家や畑、近所の気のおけない連中との付き合いを捨てるか。
ここで迷うことはなかった。あの家は妻と暮らし始めた新婚生活の思い出も、子供達が生まれた後の幸せも詰まっている。近所の人々との付き合いも良好だ。友人の男爵家もあるし、子供達の幼馴染みセントーレアもいた。
捨てたくないものがたくさんあっても、娘の純潔と笑顔には変えられない。覚悟を決め、門を叩き割ろうとした時、ようやく内側へ開いた。
そこにいた神官は、怪訝そうな顔をする。ルドベキアが夜中騒いでいたのに気づかなかったのだろうか。そこで疑問が過ぎるが、大急ぎで話かけた。
「我が娘が聖女様に選ばれたと聞きました。会わせていただきたい」
胸元にしまってきた手紙を差し出すと、封筒の宛名と裏の署名を確認した神官は申し訳なさそうに、手紙を返した。ルドベキアに告げられたのは、無情な一言だった。
「聖女様はすでに王宮へ迎えられました。この教会にはおられません」
「は?」
何のために一晩ここにいたのか。いや、逆に考えれば神官に手を出されなかった証拠か。先に王族が……ん?
なぜその日のうちに王族が迎えに来た? まさか! セントーレアが知らせに出た間に、王族に見初められたのか。
娘のクナウティアを取り返すことが難しくなった。これは一度家族会議を……神官への挨拶もそこそこに踵を返す。あれだけの立ち回りを経て駆けつけたというのに、クナウティアがいないと知ったら、セージもニームもさぞ悲しむだろう。
とぼとぼと黒馬の手綱を引いて歩く。街道へ続く門の前には、食料を運んできた荷馬車が並んでいた。彼らと同行するより、このまま帰ろう。
一刻でも早く家族で知恵を絞らなくては!
「お父様! 迎えにきてくださったの?」
「ティア?!」
荷馬車の陰から飛び出したのは、見慣れた薔薇色の髪をした娘だった。アイボリーのドレスは、今年16歳になるクナウティアへルドベキアが贈ったものだ。誕生日より早く届くよう、旅先から送ったのも覚えていた。
「無事か? 何もされてないか?!」
「怖かったけど、逃げたわ」
勇敢な自分を褒めて欲しいと抱きついた娘の声に、疲れが滲んでいた。お転婆で気丈なクナウティアが、これほど落ち込んでいるのも珍しい。娘をぎゅっと抱き締めると、煙草の臭いがした。
髪は煙や食べ物の刺激的な臭いが移りやすい。昨夜、この子はどこに泊まったのか。硬いパンにチーズを挟んだ袋を手に、クナウティアは父に強請った。
「昨日助けてくれた方にお礼がしたいの」
詳しい話を後回しに、匿ってくれたという恩人の宿に着いて行き、父ルドベキアは絶句した。売春宿の裏口である。ここに娘が一晩いたなど信じたくないし、人に知られたら嫁の貰い手は現れないだろう。
「サルビアさんは綺麗な人で、優しかったわ」
無邪気に恩人の名を口にした娘に、父は言い聞かせた。
「話は家で聞くから、お金を置いて帰ろう」
「でも、ご挨拶をしないと」
「今は寝てるんじゃないかな?」
父の言葉に、一晩中騒がしかった様子を思い浮かべる。お酒も飲んでたみたいだし、寝ているのを起こすのは悪いことよね。迷惑だわ。クナウティアは納得して頷く。お礼は次に王都へ来た時にしよう。父が包んだ金をドアの隙間に押し込み、クナウティアは父と共に黒馬に跨った。
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