14.聖女の帽子と手がかりを追え

 女神ネメシアに選ばれた聖女は、まだ幼いと表現した方が近いほど子供に見えた。少女と呼ぶのもぎりぎりの年齢か。いや、16歳の乙女から選ばれるのだから、彼女も16歳だったのだろう。


 淡いアイボリーのドレスはシンプルだが、絹のフリルが可愛い。胸元のコサージュは花弁が重ねられた薔薇のようなデザインだった。聖女になった少女のコサージュと対の飾りをつけた帽子を持つ少女が、突然身を翻して逃げ出した。


 リシマキアは城塞都市で作りが複雑だ。見失ったら二度と会えない可能性があった。聖女のコサージュをつけた、彼女のドレスと同じアイボリーの帽子は、聖女に繋がる手がかりだ。もしかしたら姉かも知れない。


 水色のドレスにアイボリーの帽子もおかしくないが、あれは明らかに聖女のドレスとセットのデザインだった。18歳前後に見える女性が逃げた時の表情は、何か焦っているように見えた。きっと聖女の姉か親族なのだ。


 彼女に追いついて話を聞くことができれば、聖女の行き先がわかる。そう判断して追いかけた。急ぎだったので王太子リアトリスを置いてきたが、あの場には衛兵がいた。この城塞都市の主人であるアルカンサス辺境伯と、王太子は師弟関係にある。ならば、すぐに連絡を受けて保護してもらえるはずだ。


 考えなしに飛び出したものの、それを補う理由を後付けしながら必死に追いかけた。城塞都市の奥へ向かう彼女が、水色のドレスで助かった。これが一般的な青や紫だったら見失っていただろう。


 色の淡いドレスは貴族の正装に多用される。汚せば使えなくなるため、財力や権力を見せつけるのに向いているのだ。


 水色やアイボリーを着ていたなら、逃げた聖女も女性も貴族階級だった。その割に逃げ足が速く、こちらは苦戦させられているが……。


 坂の上に目を凝らすと、水色のドレスがするりと一軒の家に吸い込まれた。豪華な屋敷ではない。だが平民の家と考えると広く豪華だった。


 赤い花の飾られた玄関ドアを睨み、そこまでの最短距離を確認して全力でラストスパートを掛けた。






 駆け込んだ扉の内側は、立派な菜園が広がっている。ほぼ毎日通う家は、自宅と変わらないくらい詳しかった。飛び石を利用して庭を駆け抜け、花の咲いた鉢の横から勝手口から入り込む。


「おばさま! おじさま、いらっしゃる?」


「お帰りなさい、遅かったのね。うちのティアは一緒じゃないの?」


 奥から出てきたのは、美しい銀髪の女性だった。透き通るような美貌は、娘クナウティアの将来を予想させる。3人の子持ちと思えない美貌とスタイルを維持する彼女にもう一度尋ね直した。


「急いでるの、おじさまは? お兄様方は?!」


 普段から兄と慕う青年が1人顔を見せる。母親譲りの整った顔立ちで、小首をかしげた。


「どうしたんだい?」


「大変よ、ティアが聖女様に選ばれたわ!」


「「「え?」」」


 奥の部屋から出てきたもう1人の兄と父親が、申し合わせたようにハモる。呆然としているクナウティアの父ルドベキアの腕を掴み、体重をかけて引っ張った。


「おじさま、急いで! このままだとティアが外泊になっちゃうわ。教会に閉じ込められて、二度と会えなくなるって」


「なんだと!?」


「聖女様って閉じ込められるのか?」


「先代の聖女様は外出なさってたが、あれは結婚されたからかも知れないな」


 夫が許可したから外出できたのなら、未婚の乙女であるクナウティアは閉じ込められて、聖女として教会の虜囚になるのでは? 恐ろしいことに、彼らの妄想ゲームは止まらない。ある意味、似たもの親子だった。


 クナウティアもそうだが、父ルドベキアや兄達も考えすぎて暴走する傾向が強い。


「そんな役目だったかしら」


 首をかしげる一家の良心である母リナリアの呟きは、騒ぐ男達にかき消されてしまった。

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