13.辺境伯と王太子は首をかしげる

 突然逃げ出した女性を追いかけて行った騎士ガウナを見送り、王太子リアトリスは首をかしげた。


「あの子は知り合いか?」


 説明がなかったので、どのような理由で彼が少女を追いかけて行ったのか。まったく理解していなかった。ついでに言うなら、俺の護衛がいなくなったんだが? 王太子を放り出して、女性を追いかけるとはいい度胸だ。


 むっとしながらも、彼も男だと思い直す。確か21歳だったか。そろそろ結婚相手を探す時期だった。見た目も性格も悪くない。先ほどの逃げた女性は18歳前後だった。年齢も釣り合いが取れる。もしかしたら以前に付き合った女性なのかも知れない。


 しかたないので、留めた住民達への聴取を始めた。門を守る衛兵を指揮して、あちこち尋ねるが、誰もピンクの髪の少女を知らない。彼女が逃げた先に、王都から出ていく荷馬車があったので追いかけたが、彼女は王都に残っていたのか?


 王都に置いてきてしまった騎士達が、すでに保護した可能性もある。溜め息をついて己の浅慮を恥じながら、集まってくれた民に礼を言って帰ってもらう。


 見上げる先で、丘の頂上にある砦の右側に陽が沈んでいった。これから馬を借りて帰るのは無謀か。夜の森は危険が多い。だが連絡もなしに出てきたため、ガウナが御者に伝言した内容を確認する必要があった。


 ひとまず、女性を追いかけて行った騎士を見つけなくて……。


「王太子殿下、突然どうなされました!?」


 駆け寄った大柄な男が慌てて膝をついた。常に戦場にあることを自らに課したアルカンサス辺境伯だ。彼の剣技は有名で、一時期師事したこともある。懐かしい顔に、緊張がほぐれた。


「ああ、久しぶりですね。師匠」


「その呼び方はもうおやめ下さい。陛下に叱られてしまいます」


 苦笑いして厳つい顔をくしゃりと歪めた男に、リアトリスは改めて声をかけた。


「アルカンサス辺境伯。この城塞都市リシマキアから聖女様がお生まれになった」


 聖女は発見された16歳の時点で、改めて生まれ直したと考えるのが教会の教えだ。そのため聖女が見つかると「お生まれになった」と表現する習慣が残っていた。


 リアトリスの言葉に、アルカンサス辺境伯は目を輝かせた。


「なんという素晴らしい! ですが、魔王が復活する予兆ですな」


 素晴らしい出来事なのだが、聖女の誕生は魔王の復活を意味する。複雑そうな表情の男に、ぽんと肩を叩いた王太子が笑顔を浮かべた。


「喜んでいいぞ。だが、教会から王宮へお運びする際に事故があり、聖女様の行方がわからない」


 顔色を青くした辺境伯へ、王太子は小声で尋ねる。


「聖女様の生家はリシマキアだ。手がかりが欲しい。案内してくれないか?」


「もちろんです。この身はセントランサスと女神ネメシア様に捧げた物。如何様にもお使いください。して、聖女様のご尊名は」


 名が分からなければ、実家も判明しない。もっともな質問へ、リアトリスは数少ない情報を開示した。


「クナウティア様だ」


「クナウティア、様……珍しいお名前です。すぐに調べましょう」


 住民台帳と照らし合わせるよう部下に命じた辺境伯を立たせ、王太子は肩を並べて歩き出す。


「ところでお一人でこちらまで?」


「騎士のガウナが一緒だが……彼は妙齢の女性を追いかけて行った」


「……はっ? 失礼いたしました。騎士が、女性を、ですか? 王太子殿下を置いて」


「ああ、そうだ」


 さすがに辺境伯も唸って考え込んでしまった。通常ならあり得ない事態だ。


「恋人でしょうか」


「その可能性が高い。振られた女性を追い回すようなら注意せねばならぬが、一目惚れなら許してやろうと思う」


「寛大ですな」


 アルカンサス辺境伯はからからと笑い、王太子に騎乗を促した。自らも馬の背に乗ると、馬の鼻先を並べて歩きながら、辺境伯はかつての弟子との時間を懐かしむ。2頭は砦にある屋敷へと吸い込まれた。

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