15.騎士は初めての罵りを受けた
ようやく辿り着いた玄関らしき扉を叩く。しかし返答がないので、失礼を承知で扉を押した。駆け込んだ水色のドレスの女性の時と同じ、扉は静かに内側へ開く。
玄関だと勘違いした扉は庭へ通じる裏口だったらしい。聖女の身内が駆け込んだのなら、ここが生家だろうか。ぎい……軋んだ音を響かせる扉の内側へ入り、ガウナは声を張り上げた。
「失礼する! どなたかいらっしゃいませんか」
まだ裏口、立派な家庭菜園の入り口とはいえ、これ以上勝手に他人の家に踏み込むのは気が引けた。しかも聖女の身内となれば、あまり失礼な真似もできない。ガウナの声に反応したのか、家の裏口らしき扉が開いた。
出てきたのはあの女性ではなく、赤毛の男性だ。整った顔をしているが、聖女とあまり似ていない。
ガウナは騎士の礼をして胸元に手を当てた。これは敵意がないと示す礼儀だ。だらりと両手を下げた状態は、いつでも戦闘態勢に移行できるため、威嚇するのと同じだった。
「騎士か」
ぼそっと呟いた男は眉を寄せる。何か騎士に対して思うところがあるのだろうか。どちらにしても低姿勢で、彼にこちらの要求を聞いてもらう必要があった。
「今は忙しい。用事があるなら後にしてもらおう」
威圧感のある赤毛の男へ、ガウナは姿勢を正して要望を伝えた。
「さきほどこの家に来た、水色のドレスの女性に用があります」
「知らない、家を間違えたんだろう」
ルドベキアの素っ気ない言葉に、一瞬「本当に家を間違えたんだろうか」と自分を疑ってしまう。それほどしれっと発せられた声は、感情がなかった。
「いえ、間違いではございません。先ほどの方を」
「騎士が少女の尻を追い回すとは、世も末だ」
煽る言い方をされ、ガウナはむっとした感情を深呼吸で収めた。今は喧嘩をしている場合ではない。言いがかりも彼女と話をさせてもらえれば、誤解だとわかるはず。
「そういう意味ではありません。ただ聖女……」
「あの子を性女呼ばわりか! お前のような男がいるから、女性は日々苦労するんだ!!」
怒鳴られた意味がわからず、ガウナはきょとんとした。騎士として女性にモテる彼は、夜の商売の女性を知らない。そういった職業の存在すら認識していなかった。そのため、聖女の話を聞きたいと告げる言葉を遮っての反論の意味が理解できなかったのだ。
「えっと……彼女に会わせてください」
なぜか激怒した男へ要望をもう一度伝えるが、首を横に振られた。それどころか、後ろから出てきた青年がさらに拒絶を突きつける。
「父さんが言った通りです。帰ってください」
庭の土の上に並べられた飛び石を辿った青年に、あっという間に外へ出された。バタンと閉じた扉を前に、ガウナは首をかしげる。
騎士になってから、こんな拒絶を受けたことはない。尊敬される職業と思ってきたが、地方都市では違うのか。このまま手ぶらで帰れるはずもなく、ガウナは困惑しながら数軒先の角に身を隠した。
少しすれば、あの女性が出てくるかも知れない。何も手がかりなしで帰れないし、聖女を保護するために彼女から話を聞きたかった。そこに深い意味はなく、恋愛感情もない。無心で扉を見つめていると、内側から扉が開いた。
「じゃあ行ってくる」
「私も一緒に行きましょうか」
「いや、手紙があるから平気だ」
黒馬の手綱を掴んだ赤毛の男は、旅支度なのか。ふわりとした大きめのローブを羽織っていた。見送りに出たのは、美人な女性と息子らしき青年だ。それからひょこっと首を覗かせたのは、水色のドレスの女性だった。
「あのっ!」
今度こそ不在だと言い逃れできない状況に、大急ぎで姿を見せ駆け寄る。しかしガウナに向けられたのは、予想外のセリフだった。
「きゃぁあああ! 変態! まだいたの?!」
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