第56話 世界の鼓動
愛莉はとても不機嫌だった。
今日に限らず、もう長いこと不機嫌は続いていた。こんなはずじゃなかった。
高校に入ったら、もう少し楽しいことがあるのだろうと思っていた。
毎日ため息ばかりが出てくる。
「ろくな奴は居ないし、学校はつまらないことしか教えないし。ああ、こうやって、ただ無駄に月日を経ていくわけね。最悪!」
愛莉の高校生活をつまらないものにしている、インスタンスの1つ、このクラスの担任教師が話し始めた。
「みなさん、今日から転校生がこのクラスに入ります」
その声に条件反射だけで、つまらない源の担任の方に目を向ける。
「では、自己紹介をしてもらおうかな」
担任の横には、背の高く、髪の長い女の子が立っていた。
「はあ、女かよ……まったくさ」
空いている席は私の真後ろだけだったので、自己紹介が終わると、その女の子は、まっすぐ愛莉の方に歩いて来た。
じーっと、こっちを見ている。不機嫌な愛莉はそれが気に障った。
「なに? 私、そんなに珍しい顔してる?」
問いかけには答えず、スッと無言で愛莉の前を通り過ぎた女の子。
後ろの席に座ると、すかさず、愛莉の前の時輪が声大きな声を出した。
「へぇえ、美人だ!」
それがまた何故か気に障って、愛莉は時輪に言い返した。
「ちょっと古い感じの、きゃしゃな美人って感じかなあ。色白いし、ちょっとキツメの顔だしね、遠い先祖はアングロサクソン系かもね。え? どうせなら、フランスのベルサイユにいた先祖がいい? う~ん、ロシアから流刑してきた、没落貴族の方がいいんじゃない?」
(あれ? なんか、こんなことが前にあったような? デジャヴってやつ?)
自分の言葉に逡巡していると、転校生の女の子に肩をたたかれた。女の子は、これ以上ないくらいに不機嫌な顔で振り返った愛莉に、最高の笑顔を向けてきた。
(ええ? なにこの笑顔……)
固まる愛莉に向かって、女の子は笑顔のまま自己紹介を始めた。
「私は悠里絵。よろしくね! 愛莉」
「いきなり呼び捨てかよ! なんで名前知っんてるのさ」
さらに愛莉の顔は強張ったけれど、それには全く構わずに、悠里絵と名乗った転校生の女の子は最大級の笑顔だ。
(はぁ……だめだ。こいつ天然っぽい)
愛莉は完全にお手上げのポーズ、転校生、悠里絵に向けた。
「悠里絵かあ、なんとくなく聞いたことがあるよう、ないような」
ニッコリと笑う悠里絵。何かを予感させるような、思い出させるような笑顔だった。停滞している、つまらない時間に風が吹いたような気持ちがした。
ほんの少しだけだけだが。
悠里絵と愛莉の新しい出会い、時のリングの上、現代での高校生活が始まった瞬間だった。
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シヴァは不機嫌だ。
「私が光の艦隊と黒き艦隊の、お守をしていたというのに、なんだこのパルヒョンって男は。フレイヤも嬉しそうだし。一秒間で七兆八千億回も計算して光のメサイヤを動かしたというのに。つまらん! もうグリモアに帰ろうか……」
そんなシヴァの気持ちを察したのか、フレイヤがこちらを向いた。
「シヴァ、面倒をかけたな」
すかさずアイリが笑顔で言った。
「フレイヤ、シヴァくらいですよ。こんな事をしてくれるのは。もう少しきちんと感謝をしてください」
少し赤い顔になったフレイヤが、大いに照れる。
「助かったよ、シヴァ。おまえは私の大事な仲間だ。だからその……」
シヴァは首を左右に振って、完全にお手上げのポーズをしてみせた。
「まったく、おまえの為にいつも苦労する。もう次は助けないからな!」
そう言いながらシヴァの顔は微かに、笑顔になってしまったようだった。
光の艦隊の旗艦マスティマのメインスクリーンには、漆黒の宇宙が無限に広がっている。この瞬間も始まりの時は訪れていた。微かに輝く、新たな光の鼓動が、新たなビジョンを造り出す。数億の世界とその未来が、幾本ものリングのように重なりあう。
無限の時間の一つの物語だった。
了
とある宇宙の片淵で。 こうえつ @pancoo
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