第55話 永遠のリング

「フレイヤ! 光の神の世界と現代を繋ぐ扉。そして私とモイラの思いを繋ぐもの!」

 右手で掲げた本を、黒き触手が悠里絵ごと貫いた。

 地面に落ちた“Stars Logbook”の頁がパラパラと風にめくられていく。

 真ん中の頁が開かれた時、青い魔方陣が現れ、本の上で回り出した。

 魔方陣の光は、暗黒の雲を突き抜け、天へと伸びる。

 すると、天から十二の光球が降りてきて、フレイヤの周りを回り始めた。

 強い光に黒い触手は消え去り、呪縛を解かれたフレイヤが立ち上がる。


 輝きを強めながら、フレイヤの胸の辺りまで、降下してきた十二の光球。

 フレイヤが左右の光球に手のひらをかざすと、光球は力の循環を描き始め、一つの透き通った魔法陣になった。フレイヤを中心に十二の光球は輝き廻り始める。生み出された力の循環により、フレイヤの身体が光を帯び、姿が徐々に変わって、スキルと知識も変更されていく。


「我が手に来い! マサムネブレード!」

 フレイヤの言葉で、光の刀、マサムネブレードが浮かび上がった。


 フレイヤの胸には、十二の翼を持つ光の天使の姿が浮かぶ。白き艦隊の戦旗である、十二翼の光の獣の姿を象った印。そして光の艦隊で、最高の戦闘力を持つ、戦う神フレイヤに、フォームチェンジが完了する。

 フレイヤはマサムネを横に払い、パルヒョンとアイリに伸びた黒い触手を斬り落とした。


「うお、おおおおおおお」

 触手から解放されたパルヒョンが叫び声をあげた。

 十二次元上のディレクトリに、黒きフォームを呼ぶ声が届く。

 真っ黒な霧がパルヒョンを包み込むと、漆黒の魔方陣が現れ、力の循環が始まる。それに呼応して、黒き翅を携えた漆黒の鎧が出現し、パルヒョンと融合する。

 現代にダークナイトの荒ぶる姿が出現した。


「オ、オオオオォォォン」


 パルヒョンの黒き大剣、ソウルイーターが不気味な叫び声をたてて、地面を一閃し、真っ直ぐに黒い触手を食らうと、モイラへの道を開いた。


「行け! フレイヤ」


 パルヒョンの言葉に、銀色の翼を広げたフレイヤは、一気にモイラの前に飛び上がる。フレイヤを見た黒い涙を流す百メートルを越した暗黒の天使モイラは、黒い衝撃波のラインを幾筋も放った。


 空中で伸びてくる衝撃のラインを、フレイヤの銀色の身体は光速でかわし、マサムネブレードではじき返す。モイラの黒、フレイヤの白と閃光が何度も交わる。


 交錯する光と闇。その力に地上が揺れる。


 本来、白き者である女が持っていた、光と闇の激しい衝突。

 フレイヤはモイラの攻撃をかわして、素早く飛び込み、身体を回転させた。


「ここだ!」


 フレイヤの声が響く。剣を背中まで振りかぶると体に反動をつけ、思い切りモイラへと叩きつける。マサムネブレードが光りを強める。

 頃合いを見て鞘に、マサムネブレードを一旦収め、エーテルを高めて一気に居合いを抜く。


 だが、フレイヤ渾身の光の半円を、片手で受け止めてモイラが笑う。

「光の神最強の戦士と言われた、あなたでも、今の私を倒すことは出来ない。光が闇を押さえ込めるわけではない。どちらに主従があるのではない。それは闇と光を持った私が良く分かっている」


 暗黒の天使は再び黒い涙を流して、空中に止まるフレイヤを見た。

「光しか知らない……フレイヤ、あなたでは私は倒せない!」


 モイラの言葉を聞いたフレイヤは、マサムネを構え直し、瞳を閉じると、自らのはエーテルを限界まで高め始めた。

 その身体は、いっそう光り輝き、銀色の鎧が透き通る。


「私は……闇を知っている。心を持たない戦士だった。大きな闇を感じていた。他の者を抹殺する事に何の躊躇もなかった。……人は神の力を持っても、深い闇を永久に消し去ることは出来ない、過去を変える事も出来ない。だから、私は光り輝く。一瞬の瞬きが、私とおまえの闇を一瞬だけ消滅させるから」


 最大まで高められたエーテルは、フレイヤのバトルフォームを、より純粋なエネルギー体、アストラルへと身体を変化させた。

 クリスタルの様に透き通った身体は、幾層にもカットされ、光を増幅するダイヤモンドのように自ら光を作り出し、強烈な輝きは世界を照らす。


 地上を蠢く黒い触手をなぎ払いながら、パルヒョンが眩しそうにつぶやく。

「あのエーテルの力、光の輝き……あいつ、おれと戦った時は、まだまだ本気じゃなかったのかよ」

 悠里絵が痛む身体を立たせて微笑む。

「十二翼の戦女神。その中で最高の戦士であるシルバーナイト。その力は無限大なのよ」


 フレイヤの鎧が完全に透き通り、フレイヤの生まれたままの、美しい身体を見せた。マサムネを天にかざし、フレイヤの最大奥義が発現した。

 巨大な雷のような光の太刀が数百メートルにも伸び、モイラの身体を切り裂いた。暗黒の天使は真っ二つに切り裂かれた。


 破壊されエーテルが消えて、モイラは元の姿に戻っていく。

 体からは蒸気のように光が洩れている。


 フレイヤは悲しそうな瞳を、モイラに向けていた。徐々に薄くなっていくモイラの姿。フレイヤがモイラに歩み寄った。


「過去は変えることができない。だが、お前と私はまた出会えるだろう。また一緒に旅をしよう。悠久の銀河を永遠に廻り続けるリングの上で。辛い思いをさせて悪かった……私も……おまえが好きだ」

 もう殆ど色を無くし透き通ってしまったモイラに、フレイヤはそっと口づけた。モイラは何も言わず、瞳を閉じると、そのまま露のように消えていった。


「これは?」

 モイラの消えた後に小さな石があるのを悠里絵が見つける。


 鼓動するように、微かな光を放つ小さな石。

 それはシヴァが悠里絵に渡したものだった。


 その輝く小さな石の光の中には、リングのように廻り始めた生まれたばかりの小さな銀河だった。

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